密室の出来事
所々空席はあったが、立っている人も数人いるバスの中で僕の隣の窓際の席に座っている50代後半ほどのおばさんとの会話を思い出した。
どんなきっかけでそんな話になったのか今では思い出せないが、ロサンゼルスで恐怖体験をしたというのだ。
ある日、ふいに思い立ってロサンゼルスまで娘に会いに行ったという。
娘は結婚していて旦那の仕事の関係でロサンゼルスに住んでいるのだが、なかなか帰ってこれないから、自分なら時間の都合はいくらでもつくし、孫にも会いたいから、こっちから一人で出向いた
ロサンゼルス空港について、娘が迎えに来てくれる予定だったが、当日になって急用ができたからタクシーで来てほしいという連絡が入った
そのおばさんは何度か娘の住むロサンゼルスに行ったことがあって、タクシーも利用したことがあるのだろう
話から察するに英語もそこそこできるのだと思う。
空港からタクシーに乗り、娘の住む住所を伝え、空港を出発した
最初タクシーはいつもの見慣れた景色を走っていたが、しばらくしていつもと違う見たこともないところを走っているのに気が付いた
おかしいとは思ったが、私の知らないルートを走っているのだと思いそのままタクシーを走らせた。
僕は最初おばさんが自分の娘が優秀な男と結婚しロサンゼルスに住んでいるという自慢話をしたいのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい
周りに座っている人たちも聞き耳を立てて聞いている。
そしてタクシーはわき道をそれ明らかに人気のない道へと進んでいく
「心臓がもうバクバクして生きた心地がしなかったわ」
それからタクシーは山道に入り、山の中で停車した。
運転手は急に振り返り、金をよこせと言ってきた
最初は抵抗したが、殺すと脅されれば諦めるしかなかった。
「私の財布の中身全部取られたわ」
「それからどうしたんですか?」
すっかり僕は前のめりになっておばさんに尋ねた
「山の中で置いてけぼりですか?」
「いや、それがね、近くまでちゃんと送ってくれたのよ」
そんな馬鹿な運転手がいるのだろうか。
「ほんっとに怖かったぁ、もう海外でタクシーに乗れないわよ」
ちょうどそこで終点に着いた。
「ごめんね、長話しちゃって」
と言いながら、バスを降りてスタスタと歩いてやがて見えなくなった。
いったい、何だったのだろうか。
にわかに信じられない話ではあるが、よくある話と言えばよくある話である。
しかし、山中に捨てられて遺体で発見されたとか、身ぐるみはがされて山中に取り残されたとかそっちの方がなぜかリアルに感じてしまうのは僕がテレビの見過ぎなのだろうか。
ちゃんと最後まで送ってくれるあたり、普段は普通のタクシー運転手なのだろう
はて? そのおばさんはちゃんと警察に通報したのだろうか。
なんせ見ず知らずのたまたま同じ時刻の同じバスに乗り合わせた乗客同士であるからそれを知るすべはないのである。
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