【読書ノート】津軽三味線(倉光俊夫著)

 津軽三味線を全国規模に広げた、盲目の奏者、高橋竹山(ちくざん)さんの伝記。戦前の盲学校のない時代、盲目の人はあん摩師になるすべもなく、ホイド(コジキ)になるしかない時代。竹山さんは極貧の母親から買ってもらってボロ三味線を抱えて、雪の中遭難しかかりながらも、下北半島を北へ北へと縦断していく。

 わたしは子育ても終わったこともあり、今までやりたかったことを爆発的に手掛けている。津軽三味線もその一つだ。津軽三味線教室では基本的なことを習ってから「六段」という6つの基礎曲集を何度もさせられて、次のステップに行くのだ。

 ただ私が次のステップで提示された「竹山さんの曲」は3拍子で、少々勝手が違う。「生徒さんによっては、こんなん習いに来たんとちゃう、と言わはるんですよね」と、童顔の顔で困ったなーという可愛らしい表情を見せながら、私の師匠が嘆く。

 確かに譜面を見る限りは3拍子で赤坂あたりの料亭でポロンポロンと弾いていそうなメロディーだ。何回か練習して確認のためにyoutubeでみたら、3拍子なんだけどそれぞれ伴奏が激しく動く12拍子の作品だったのだ。

「これはすごいわ。青森県なめたらあかん」

 この「津軽三味線」という本はそんな折に、たまたま訪れた東京神保町の古書店で見つけた。通常200円までの書店で、これは440円だった。文章もすごく書きなれているし、小さい頃から蔑まれて、ホイト(コジキ)同様の日々を過ごして頑張ってきた竹山さんに密着取材して、肉声をここまで拾い上げた作品はない。

 倉光敏夫さんの著者プロフィールを見ると元朝日新聞記者で、松竹シナリオ部に転職、中国戦線に従事したり波乱万丈の人生を送っていらっしゃるのだが、戦時中に芥川賞を受賞されているんだな。

 今ではたぶん体験できないだろう、雪深い青森県内での徒歩による移動、食べ物のない恐ろしさ、酒飲みたさに自分の回っている領分まで賭ける男の勝負心、人間の業……。昭和の時代をギリギリ知っているのと、周りにコジキ寸前まで行ってしまったヴァイオリン弾きを何人も知っているので、他人事とは思えない。

 ただ彼らヴァイオリン弾きは、英語なり数学なり学習する機会があったのに、母親や周囲の思惑で、通常の人間なら守られるはず選択の自由を放棄をさせられた悲しみは同情すべきだと思う。

 そう、家庭内の人権侵害は、盲目として生きるのと同じぐらい、後半戦で悲しい人生を強いることなんだ。


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