見出し画像

恐怖小説 美熟女 後編

 カッパとレイオとマスタカは、集団下校した。そして、前に落っことされた田んぼに、今度はカッパが二人に突き落とされた。
 カッパは、
「今日もやられた!!何なんだよ!!」
 と吠えた。
 レイオとマスタカは服のつかみ合いを始めて、お互いを田んぼに落とそうとする。マスタカが力強く押し切ろうとして、レイオにシャツを引っ張られて二人とも落ちた。全員が泥まみれの格好になり、アッハハとカッパが笑い、体のバランスを崩して、四方八方に泥を跳ねて倒れた。
 側溝の水で身体や服の汚れを落とした三人は、濡れたまま帰り道を歩いた。まっすぐに長い一本道を歩きながら、
「これから、みんなで俺の家に来て、ビデオ撮影会するか!兄貴がビデオカメラ買ったから、あれを勝手に使おう」
 マスタカがうれしそうに言った。
 途中でカッパとレイオの家に寄って、服を着替えて出てくるのを待った。
「タオル一枚貸して」 とマスタカが、レイオの家の前で頼み、レイオはタオルをマスタカに投げて渡した。
「今日、上山田先生が俺にカンニング疑惑をかけてきやがった。俺が前に算数のテストで百点取ったら、それ以来、テストの時は俺の机の周りを五周して、他の奴らには何もしない。人をバカにしてやがる。俺がカンニングする訳ない」
 マスタカは不機嫌そうにつぶやいて、タオルで顔を拭いた。
「マスタカは、カンニングするだろ。盗みも働くし、人を陥れたりもする。お前はそういう奴だよ」
 レイオはマスタカの顔を指差し、はっきりと言った。
 カッパは「フヒヒヒ」と笑った。  
 三人はマスタカの家まで歩く。カッパが「マスタカ、ビデオカメラって、いくらなの?」 と値段を聞いた。マスタカは、「分からない」と答えた。「兄貴の物だから、安物だと思う。色々と買ってるけど、どれも半年後には壊れてる。今回のビデオカメラも、半年使えるかどうか………」
 レイオは薄く笑い、マスタカの兄貴はどこで商品を買ってるのか、俺がスケボーを買ったディスカウントショップを利用しているのでは、と聞いた。
 マスタカは、確かに、あの店かもしれないと言い、
「安物買いの銭失い、それが兄貴だね。本当に頭が悪い。金をドブに捨て続ける男だよ」
 と、吐き捨てた。
 しばらく歩いて、壊れそうなベンチが見えてきた。
「ちょっと、座って休憩しようぜ」
レイオがみんなに声をかけた。三人は、そのベンチに腰を下ろし、どうでも良い話を続けた。
「この汚いベンチは、いつ頃から置いてるんだろう」
 レイオの問いに、
「俺が保育園に通ってた時、すでに設置されてた。それで、もっと昔に、サクラザワってバアさんがいて、ここに座ったらしい。座った途端に、ベンチもろともひっくり返って後ろの崖を転がり落ちて、死んでしまった。その時から、この場所にはサクラザワの霊が現れて、人々に悪さを働き始めた」
  と答えて、マスタカは目を伏せた。
 カッパが驚いて「エッ?!人々に悪さを?オイオイ、それじゃここに座っちゃマズい……?」 と軽く腰を浮かせたら、レイオに「ビビってんじゃねえよ。お化けは出てこねえよ」と一喝されて、再び腰を下ろした。
 マスタカは、「俺は、六回、サクラザワを見たことがある」と沈痛な面持ちになり、告白を始めた。
「一回目は、自転車でここを朝に通った時、道路の真ん中に立って、笑ってたよ。そのあとの五回は、宙を舞って、俺にささやいてきた、何かを」
 レイオは鼻で笑い、立ち上がった。
「ウソを言え。ハハハハ、もうマスタカは人間失格だ。ハハハハハ!!早く行こうぜ、お前の家に」 
 三人はマスタカ家に上がり、ビデオカメラを三脚にセットして、録画ボタンを押して、レイオに対して殴る蹴る場面を演じ始めた。
「何なんだ、オイ!!この野郎!やめろ!」
 レイオは慌てふためいて、自分に襲いかかる二人に抵抗した。二人は面白い映像を撮ろうと口裏を合わせて、レイオを半殺しの目にあわせようと画策していたのだ。カッパがレイオに腕ひしぎ十字を決めて、マスタカはストンピングを繰り返してレイオを攻める。
「いい加減にしろ、お前ら!!俺は帰るぞ!!つまらねえぞ、こんなリンチは」 
 レイオは立ち上がると、カッパを張り倒して玄関に向かった。靴を履いて外に出ようとする時に、カブトムシの幼虫を何百匹も詰めこんだ一斗缶を発見して、それをかっぱらって自転車置場に走り、ヒモで荷台にくくりつけた。マスタカが外に出てきて、
「俺の自転車を勝手に使うな!!どこ行くんだ!!泥棒野郎!!待て!」
 と吠えた。レイオは振り向きもせずペダルを漕ぎ、道路に出て逃げた。
「レイオ!!そのカブトムシの幼虫は俺が育てて売ろうとしてるんだよ!お前には育てられないだろ!返せ!!」
 マスタカの声を無視して、レイオは山を下り、姿が見えなくなった。
「おい、カッパ!!早く外に来てくれ。レイオは泥棒だ。二人で追いかけるぞ!」
 カッパはマスタカの乗るママチャリに急いでまたがって、二人はレイオの後を追った。カーブが何回も続く下り坂をマスタカは猛スピードで走る。しかし、レイオの姿は見えない。
「レイオは本当に汚い男だ」 
 カッパはつぶやいた。
 レイオはその時点で二十メートルほど引き離していたが、荷台に積んだ一斗缶が落ちそうになり、カーブを曲がる時に危険を感じていた。一旦降りてヒモを結び直そうかと思ったが、面倒なのでそのまま走り、壊れそうなベンチが見えてきた。
 そこで、レイオは『遭遇』してしまった………。
 レイオはハンドル操作を間違えて、あらぬ方向に自転車が突っ込み、バランスを崩して地面に倒れ込む。一斗缶を縛りつけるヒモがほどけて、道路にカブトムシの幼虫と土がぶち撒けられた。
 そこに、マスタカとカッパが二人乗りで現れて、すさまじい勢いでカーブに突入してカブトムシの幼虫が散りばめられてるのを見た。
「うおっ??何だ!」
 幼虫を踏み潰してタイヤが横滑りした。カッパが飛ばされて、マスタカはブレーキを握ってママチャリを倒さずに踏ん張った。歯を食いしばって危機を回避した。
 地面に座りこんだレイオは、マスタカに「やっちまった。荷台がグラグラしてるのは気になってたんだよな。一度降りて締め直せば良かったな」と声をかけた。「マスタカ、コケなかったな」
 マスタカは「バカ野郎!!お前、俺の自転車で派手にずっこけて………ママチャリの方は新しいから、傷つけたくねえんだよ。俺の運動神経の良さが、自転車を救った」と軽く笑った。
 カッパはうずくまったまま動かなかった。しかし、どちらも声をかけてくれないので膝をついて立ち上がり、
「痛えな………どうなってるんだよ、オイ!」
と二人に言った。
 レイオはなぜか怒り狂って、
「お化けを見たから、しょうがねえだろ、自転車でコケたって!」
 そう言って、幼虫をつまんでカッパに投げつけてきた。
「やめろ!!」
 マスタカがそれを見て笑い出し、自分も幼虫を拾ってカッパやレイオに投げた。
「虫の命を粗末にするな、この野郎!!俺はハチミツ屋の息子だから、こういうことをするのは許せねえ!!」
 そう言ってカッパはレイオに蹴りを入れた。その時に幼虫を踏んで体勢を崩して、腰を打ってしまった。
「痛え!!…………動けない!!」




 この一件で、三人はサクラザワの霊に祟られて、後半生はろくなものではなかった。小学生でありながら、全てが決まってしまったのだ。サクラザワの霊は、見た人によれば、なかなかの美熟女だったそうだ。




         〈 終 〉
 

この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?