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〈怪談〉忘れていた恐怖体験

あるとき、友人Tの部屋で酒盛りをしながら、Tがバイト先のビデオレンタルショップから持ち帰ったビデオを見ていた。
持ち帰ったといってもこれは、返却されたビデオテープを巻き戻して、とりあえず最初の部分だけ再生してみる「検品作業」のためだ。時間外労働だが、無料でビデオを持って来られる、微妙な役得でもあった。
自身も映像作品を作っているTは、ジャンルを問わず、子供向けから成人向けまで、とにかく満遍なく要検品のビデオを持ち帰ってきて、とりあえず、ずっと何かしら見ていた。

 酒盛りには、少し辺鄙な場所で一軒家をシェアして、フリーのデザイナーをしながら暮らしているNとRも加わって、ちょうど当時新作だったホラー『リング』を見ることになった。私を含めて、全員原作小説の方も読んでいたので、特に集中して見ていたというわけではない。酒を飲みながら、あれこれ原作との違いについて話しながらわいわいと映画を見ていた。

 「いやぁ、しかしさぁ」
と、Nが新しい缶ビールに手をつけて座りなおす。
「幽霊やらなんやら、いろいろ聞くけど、怖い思いって全然したことないし、ピンとこんわ」
「そんなもん?」と、私はNに合わせて笑ったが、TがNに言う。
「いや、引っ越しとるやろそもそも」
「ん?」
Nは全くなんのことかわからない様だったが、少し間をおいて、本当にギクリと驚いた様に顔色を変えた。RもNに被せる様に言う。
「したやんけ、怖い思い」
Nは深刻な顔色になってため息をつく。
「ああ。したわ。怖い思いした」
しばらく沈黙があって、Nがため息混じりで言う。
「引っ越したわ」
確かにNは、昨年、家賃の安い一軒家を探し当ててそこに引っ越したものの、長居せずに、Rと別の一軒家に住み始めたのだ。
それを聞いた時は、同じくデザイナーのRと組んで仕事をするためと勝手に思っていたが、別の事情があった様だ。

「あれは……」
ポツリとNが言うが、少し上の空だ。
「うん……」
Rも渋い顔をする。Nが、ぽつりぽつりと話し始める。
「元々、あの家にRも来る段取りをしていたんやけど、なんせ引っ越しはしたけど、とにかく二階に行く気にならんのよ」
「見に行った時、俺も全然上がる気になれんかったわ」
Rも、合いの手をうち、Nも続ける。
「別に二階に行かなくても、実際困らんかったし」
そのまま二階にはあがらず、暮らしていたらしい。

「それは、全く気にならんかった?」
「全く」
「どうして」
「わからん」
「わからんて」
Rも言う。
「いや、本当に、二階使ってないなら、俺が二階行くわって言うてたけど、いざ行ったら、二階じゃない方がいいなぁって思ったんよね」
「なんで」
「いや、その時も、あんまり深く考えてなかった」
そんな風に自然と二階を避けて過ごしていて、ある日その家でいく人か集まって鍋をしたらしい。
俺も行った。とT。
わいわいと8人ほど集まると、流石にリビングも狭く感じられて、誰かが「なんで二階を全然使わないんだ」と言い出したそうだ。

「そういえばそうだけど……」と言っていたNだが、Rも、自分が越してくるとしたらやっぱり二階を使わないと狭い気がするよねと言うし、上がってみるかという話しになった。
「そういえば、二階使わないのかと言ったの誰だっけ」
「純ちゃん」
「ん?純ちゃん居たか?」三人とも、あの時誰が居たかも定かでない様で、話が食い違う。
とりあえずRと誰かが、先に二階にあがったそうだが、ほどなくして悲鳴をあげて玄関から外に飛び出していった。
飛び出していく二人を見て、思わず階段を見上げたNは、ただ「暗いな」と思ったそうだ。

「鍋食ってたけど、声にびびったよね」とTが言う。
玄関から飛び出していく二人を見て「なに?」と、言って階段を上がっていくので、思わずNも後を追ったものの、二階にあがってどうしたのか、上がりたての部屋のドアを開けたものの、どうもその後が思い出せないそうだ。
「なんか、結局、二階に行った全員裸足で外に居た」
「なんか見たとかさ……」
「うん。多分?」
「見たのは見たんや」
「見たと思うんやけどね……」
「わからん」
思い出せないとかではなく、わからないのかと思いながら話を聞いたが、本当に何か認識すらできないものだったのか、どうにも想像がつかない。
四人の様子を見て、鍋は自然とお開きになったのだが、Nはとにかくしばらく家に戻れず、一週間ほどTの部屋に転がり込んだ後、とにかく勇気を振り絞って引っ越し作業をしたのだという。

ちょうどそこで、貞子がテレビから出てくるシーンになり、完全に映像を流していただけの我々は、その光景に全員で爆笑して、「飲もう、違うこと考えよう」と、改めて景気付けのためだけに乾杯をした。

後日、Nが運転する車で、偶然その問題の家の前を通った。
「あの家が例の」と、Nがわざわざ教えてくれたのだが、見たところなんの変哲も無い普通の二階建ての一軒家だった。
「もう誰か住んでるみたいだね」
Nはそう言うが、家の様子からは全くピンとこなかった。しかし、そのことをNに言うのはやめておいた。

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