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子供の自立を考えてみる

「自立」という言葉を検索すると

「自立」とは、「他の援助を受けずに自分の力で身を立てること」の意味であるが、福祉分野では、人権意識の高まりやノーマライゼーションの思想の普及を背景として、「自己決定に基づいて主体的な生活を営むこと」、「障害を持っていてもその能力を活用して社会活動に参加すること」の意味としても用いられている。

厚生労働省HPより

難しい言葉でいうと、こんなことですよという国の言葉。
分かりやすく言うと
・自分ひとりで生計を立てる
・自分の意思で仕事や生活をすること
ということでしょうか。

子育て世代の保護者の方が望むお子さんの自立も、ここを目指しているということがほとんどでしょうし、その中で、良い学校、良い会社、手に職を持つ、といった細かな思いも各家庭であるのかなと思います。

では、子供の自立をイメージとして捉えると

この十字の中にあるそれぞれのバランスが良い状態が自立なのかなと、私は思っています。

どーん!と中央にあるハートは、子供本人。
・自分のことを大事にする
・他者とコミュニケーションが取れる
・家庭や仲間などの安心できる場があり、休息ができる
・社会の一員として関りを持つ

この4項目のバランスが取れている状態が自立とすると、
自分の意思で仕事や学校、その他のコミュニティに属して他者とコミュニケーションを取りつつ社会参加をする。
それとは別に安心して休める居場所がある。
ことが、安定して自立できる環境なのかなと思いませんか?

極端な例を出すと

大人の手が必要なお子さんはこんな感じでしょうか?

仕事や誰かの為にばかり頑張って、自分の心身やプライベートを大切にしない状態はこんな感じかも。

これらのバランスが一時的なものであれば、またハートが中央に戻ることもあるでしょうから、そこまで問題視することはないかなと思いますが、大人であれば残業、終電、泊まり込みが当たり前のワーカーホリック状態。

これを子供が常にその状態にあるのは「自立」ではなく「成長の阻害」になる可能性もあるかもしれません。

何をもって子供の自立とするか

これは、学校の成績とか、交際人数とか、そうしたことでは判断できないことなので、ある程度の年齢の子供本人(10代~20代前半)が、保護者がいない状況でも数日過ごせるかどうか?を基準にするというのも、一つの方法ではないでしょうか?

用意された食材で料理する、予算内で何かを買って食べる、洗濯を回すなどの家事をできること、または、得意な誰かに助けをお願いしてそれを受け入れること、そこまでできたら、保護者は安心して数日留守を任せられそうですね。

ただ、その自立は人それぞれ違う形でもいいのかも

健康で、学校生活を送ることに問題のない子供と
誰かのサポートを必要とすれば、学校生活を送れる子供と
学校生活そのものを送ることが、難しい子供

頑張ればなんとかなると言われても、
その全員が同じ形で自立をするというのは、難しいことなんですよ。

ということで

子供本人が一人でどうにかできない時には、他者の力を借りる。
家庭でどうにも難しい時には、社会の力を借りる。
学校のことで悩んだら、同じ気持ちの仲間と繋がる。

そうやって、どこかに偏っていたことをできるだけ中央に近づけることで、自分の意思で生きやすくなる。
=自立を促すことに繋がるのでは?ということを、意識して過ごしています。

社会福祉のお世話になっている子育て最中の経験上、学校やら役所、病院などにお世話になる機会はどうしても多くなって、それは親としては様々な意味で負担になることもあるのですが、こうやって社会や他者と子供の繋がりを保つことが、自立へ続く道になる。
その気持ちが無いと、時々、心折れそうになるので、私自身が頑張りすぎないことをモットーに子供の自立をサポートする日々を過ごしています。

それぞれの子育て、それぞれの自立の形。

何歳だから、これしなさい
何歳なのに、これしていないの?
何歳なの、じゃあ……

そんな周囲の声は、ほとんどが聞き流しても大丈夫。
信頼する医師や育児の専門家などプロの意見は重視することがあっても、そうでない素人の隣近所や親類縁者などは、口は出してもお金も出してくれないでしょうし、愚痴を聞いてくれるとか様々なサポートをしてくれるとか……それも無いのであれば
「そうなんですね」
「お気持ちだけいただきます」
で大丈夫。
あまりうるさく言ってくるようなら、無視する、反論するなどして、自分自身や子供自身の心を守ってくださいね。






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