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桜監視員の春(72候/桜始開)

(桜の花が咲き始める)

桜監視員は冬の終わりになるとお城の近くに泊まり込んで、毎朝、お城の周りに植えられている桜の木を見て回ります。
いっぽんいっぽん、枝ごとに、すべての蕾をひとつずつ見て、咲いていないか確認するのです。
木に登ることもあれば、梯子を使って確認することもあります。
夜明けがまだ遅い時期にはトーチを持ちながらの作業になります。
また、誤って木の枝を折ったり、蕾のひとつも落としてはいけません。
息をするのにも気を遣うような丁寧な確認をして、全ての木の全ての蕾を確認し終わるころには、毎日お昼前になっています。

空気も冬みたいに寒いうちは茶色く硬い蕾も、暖かい日が何日か続くとすこしずつ、内側に隠されている花びらが見えはじめ、そうすると桜監視員はいよいよ今年の仕事も山場に入ってきたな、と気持ちを引き締めるのです。
そんな頃に強い雨でも降ると気が気ではなくて、朝と言わず昼も夕も、傘をさして外に出てきて、蕾の様子を確認してしまいます。

熟達した監視員は、夜明け前に目覚めた時に、あるいは、前の日の晩には分かるようになるのだそうです。
今年最初の花が、今朝、咲いていることが。

とりわけ日当たりの良い立地に植えられている桜の木から丹念に見てゆきます。
ほかの蕾がまだ五分咲きの頃なのに、かがやかしく春の光を浴びながら、先立って凛と花びらを開ききっているものがありました。

ああ、もう咲いているよ。
という驚きと、
ああ、やっぱり咲いていたか。
という安堵のような気持ちの両方を噛みしめながら、監視員は木をそろそろと降りて、それから城の役人にそのことを伝えます。

今年始めての桜が、今朝咲きました、と。

役人はそのことを王様に伝えるのですが、監視員は役人が重々しく頷いた後のことは知りません。
急いで旅支度を整えてその日のうちに城を辞すのです。
北へ。
桜の花を心待ちにしているのは、ここの王様だけではありませんから。

桜監視員が満開の桜を見るのは、毎年北の果ての国。
いちばん最後に桜の花が咲くその国で、花が散るところまで見届けてから、桜監視員は故郷に帰ります。
いつかはこの北の果ての国に住み着いて、この国の桜の根元に埋めて欲しいと思っています。

(だくてんまるさんに描いていただいたファンアート)

おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります