ホーホケキョと鳴けなくて(72候/黄鶯睍睆)

次の方、どうぞ、と言われて入ってきたのは、ウグイスです。
みどりいろの羽、小ぶりな体。つぶらな目。
「上手く鳴けないんです」

ホーホケキョ、とウグイスが鳴くのは周知の事実で、ニンゲンたちもそれを有り難がっているし、ウグイスだってその特有の鳴き声で春を知らせることに誇らしさを感じているのです。
梅の木なんて見つけたら、花がほころび始めるや枝に止まってホーホケキョと鳴いてみて、ひとびとが注目してカメラのレンズを向けたりするように仕向けることさえあります。
ウグイスの本懐はやはり鳴き声で、羽の色はその次。
ホーホケキョと鳴かないウグイスなんて、みどりいろのスズメみたいなもの。
それなのに。

「ほーほけきょ、って、鳴けないんですよね…」
「いや、今、言えたじゃないですか」
「言うのと鳴くのとは、違うんです」

ウグイスは背筋を伸ばしてしゅっと立ち上がると、胸を張って、目線を上げます。
「ホ、ホ、ホ…」

「…」
「…ホケッ、ホケキョー…?」
最後は疑問系でした。

「鳴こうとすると、上手く鳴けないんです。梅の花が咲くまでには、鳴けるようになりたいんですが」
その、上手く、とか、咲くまでには、とか、そういう気持ちが良くないんじゃないかなあ、と、カルテにペンを走らせながら医師は考えます。

「そういう症状に効く薬がありますから、まずは一週間分お出ししますね。また来週いらして下さい」
「薬、あるんですか!」
ウグイスの表情が、少し晴れやかになります。
「即効性は薄いですけどね」
来週の予約を受付で取って下さいね、という医師の言葉を尾羽で受け止めて、ウグイスは帰って行きました。

そして、翌週。
ウグイスは晴れやかな顔で、診察室に入ってきました。
そして、
「ホー、ホケキョ!」
と、張りのある綺麗な声で鳴いたのです。

「先生は名医ですよ!こんなに綺麗に鳴けるようになりました。前よりも上手く鳴けているくらいです」
ほんとうに、ほんとうにありがとうございます、ホーホケキョ、ホケキョ、と、ウグイスは帰って行きました。
処方したのは単なるトローチなんですけど。
はい、次の方。

おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります