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コネコとシイナさんとお盆の話5:むかしと今

「きうり、帰っちゃったのかにゃ…」
一抹の寂しさを覚えて、コネコはふたたび魚屋のおばあちゃんの家に向かいます。この前と同じように、シャッターの横の細い階段を昇ります。  
「コネコちゃん、よく来たねえ」
今日出迎えてくれたのは、生きている方のおばあちゃんです。
「今日はスイカあるわよ」
「にゃにゃ? もうひとりのおばあちゃんはどこにゃ? 帰っちゃったにゃ?」
「まだうちにいるよ」
がらり、と押し入れを開けると、その中は上に続く階段です。
「にゃ?」  
この建物は一階が店舗で二階がこじんまりとした住居の二階建てだったはず。
「いつりほーむしたのにゃ? 三階作ったにゃ?」
「お盆の時期だけなぜか、この上にあの子の部屋ができるのよ」
スイカを乗せた小皿をお盆に乗せて、とんとんとん、と昇ります。コネコもそろそろと後ろに続きます。  
上の階は下と同じような和室で、心なしかひんやりとしています。
「冷房いれたのよ」
「お化けがいるから涼しいのかと思ったにゃ」
「だったら夏中いてほしいわね」
三角に切ったスイカを一切れずつ頬張ります。汁気が多いスイカです。
「そこの角の八百屋さんで買ったの」
「美味しいわねえ」  
「まだあるのよ、スイカ。コネコちゃん、おうちに持って帰りなさい。後でビニールに入れてあげる」
「にゃあ! シイナさんもスイカ好きなのにゃ」
スイカの汁だらけになった手をおしぼりで拭き拭き、改めて部屋を眺めます。
六畳くらい。
ちゃぶ台と座布団以外は取り立てて家具もありません。  
「この部屋の窓から、外を見るのが好きなの。昔と同じ建物もあるし、新しいのもあるし」
昔、というのはこのおばあちゃんが死ぬ前ということでしょう。
「駅があるでしょ。若い頃はあの電車に乗って乗り換えて、お洒落して銀座なんかにも行ったのよ」
「今は行かないのにゃ?」  
「銀座はもうだめね。あたしが知ってる銀座と変わってしまって。電車も昔とは乗り入れが違って。行けなくなってしまったの」
ふう、と天井を見つめます。
「松屋に和光に鳩居堂に…変わらないところもあるって知ってはいるんだけど、無理ね」
コネコは皿に残ったスイカの汁を啜っています。  

おもに日々の角ハイボール(濃い目)代の足しになります