見出し画像

一昨日とその前の日、わたしはもう、起きてから寝るまでのあいだ、といっても寝るのは朝で起きるのはお昼前。ご飯もろくに食べずに座椅子の上で丸まり、スマホとにらめっこしていた。いくつもの求人サイトを、とにかくずうっと見ていたのだ。

やっぱりわたしは、いつだかの記事でふんわりと綴ったささやかな夢の話以外に、こういう仕事をしたいな、という自分の願望がまだ見つけられてない。

恥を忍んでここに告白するが、わたしはとにかく後ろ向きで、諦念に満ち満ちており、怠惰で臆病な人間である。

前職でのトラウマ(と呼ぶのも先輩方に大変失礼だとは思っているのだけど)が不安とパニックを引き起こしてしまうことももちろん社会復帰への一歩を留める要因なのだけど、やはりいちばんは、昔からのこの及び腰な性格だろう。

なにごとにも自信が無い。
自分にはなにもできないことを、ありありと知っている。
しかし、自分を前進させるために努力する根性も気力も無い。

こんな人間を、一体どんな組織が受け入れてくれるというのか。

直近で経験のある歯科受付も視野に入れ、もしかしたらここなら、と思える求人も見つけた。
朝は早いが待遇は良い。スタッフであふれていた前職とは違いかなりの少数精鋭だが、1日の平均来院数は前職の半分以下。F1レーサー並みの速度で走り続けなければいけなかった前職より、ゆっくり正確に仕事に取り組めそうだった。
そしてなにより、子どもがまた来たいと思えるように、という思いがいちばんに掲げられているのが良かった。

もういちどやってみようかな。再生できるかな。できるかもしれない。もうわたしには時間が無い。でも怖い。また駄目になったらどうしよう。もう少し他のところも見てみようか、もしかしたらもっと心惹かれる仕事があるかもしれない。希望が叶う職場があるかもしれない。見るだけ見よう。

そうして、わたしは求人サイトに激しくのめり込む2日間に突入したのである。

やらなければ、決めなければ、やり直さなければと強く思えば思うほどに焦りは強まり、すっかりメンタルを壊して体調を崩してしまった。たった2日でだ。大袈裟だと失笑する人がほとんどだろうが、わたしはほんとうに、真剣に、死にたくてたまらなくなってしまった。

さすがにこのままでは振り出しに戻ってしまうと思い、なんとかご飯を食べ、昨日は一切インターネットで求人を見ないようにした(ハローワークには行かなければいけなかったので行った)。

そして夜、夢を見た。

夢の中のわたしは、なんとソウルメイトとともにカフェで働くことを決めていたようだった。

ふたりで茶色いエプロンをつけて、眼鏡をかけた男性の店長に「じゃあまずは仕込みをしようね」と言われる。ところがソウルメイトは仕事関係の人に電話をしに行き、店長もどこかへ行ってしまった。厨房に残ったのは、わたしと女性の先輩だけだった。

先輩はてきぱきと仕込みを進めていく。こちらを見もしない。わたしはどうしていいか分からず、しばらくその場でおどおどしていたのだけど、やはり先輩が何かを指示してくれる気配がないので、心臓をばくばくさせながら歩み寄り、何をしたらいいか訊ねた。すると、

「自分で考えようね、大人でしょ?」

もういちど言うが、これはわたしが見た夢の話である。

夢だけど、夢なのだけど、その瞬間に空気が凍りつき、ばりばりと剥がれ落ちていく音が確かに聴こえた。息ができず、声も出なかった。

数秒して、わたしは訊いた。

「こちらで働くのは、今日がはじめてなんです。それでも自分で考えるべきですか?」

自分の声の震え、ああこんな言い方最悪だと瞬時に消え去りたくなる気持ち、すべてちゃんと覚えている。

「これまでに飲食の経験ってないわけ?」

「🍣ローさんでバイトしたことはあります」(これは事実。キッチンでにぎりをやっていた)

「ずいぶん大手だけど?それでも人に頼りたいの?そのときのことを生かせない?」

最悪すぎてそこで起きたけれど、もうめちゃくちゃなことを言う人だった。🍣ローでの経験を生かせと言うのなら、わたしは彼女にチーズを乗せてマヨネーズをかけ、バーナーで炙るしかない。

わたしは普段夢をはっきり覚えていない方なのだけど、あまりにも強烈だったからか、その女性の口紅の色まで鮮明に思い出せる。

キツ〜〜い先輩には今まで何度も出会い、そのたびに心を壊してきたが、話は通じるぶん、夢に出たあの人より多少マシだったかもしれない、などと変なことを考えたりもした。

新卒で入った会社でいちばんお世話になった上司が言ってくれた「あんたはどこに行ってもやっていける」という言葉(どこでもやっていけなかったが)、社会人として苦しみ、常に何かと戦っては打ち砕かれ、逃げて流されて過ごしてきた日々、転げ落ちた今、これまでの時間よりも遥かに長いこれからの人生に思いを馳せる。

この仄暗い人生を、確かに光ってやまない愛すべきものたちを覆い隠すほどに煙った人生を切り開くには、バーナーよりも火炎放射器くらいが必要なのかもしれない。

だけど、わたしの手元には、今にも消えそうな火をこぼすバーナーしかないから。

少しずつ大丈夫になるために、やっぱりどうしても今、血を吐いてでも火を噴くしかない。たぶん。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?