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あまりに酷いので

重箱の隅をつつく、どころか。

明確な意思をもって、問題提起したいと思います。

5人に1人。

「日本人の」って前置きは、何を根拠にしてタイトルにしようしたのでしょうか?

そもそも、5人に1人というのは日本独特の言い回しと言うか、約20%という数字での表現の方が実際のはずだと思います。

HSPって心理学だけでなく、精神医学でも一歩先行くアメリカから導入された内容でもあって。

そういう日本独特の言い回しはないですし、もし日本で見かけるなら翻訳という部分でのミス、もしくは、勝手に誰かが言いだしただけという、ね。

研究してたり、学生として研究室に所属するような人だったら、約20%という表現の方を使うと思います。

また、ね?

イチイチ、5人に1人とか言い換えなくても約20%で一般的にも伝わりますよ?

これは言葉のマジックというか。

約20%だと、あまり実感のない漠然とした物として受け取られるので響かないという事も多いです。

でも、5人に1人と言い換えればどうでしょう?

自分ももしかして!?って気持ちがわかなくもないんです。現実にそうあるというデータなんて取れっ来ないし、それ故に根拠がなくても。

と。

前置きが長くなりましたが。

本当に敏感に感じ取れるようなら、こういういい加減な真似は許せない程の悪と感じますから。

妥協とか、適当って実は余り許さなかったりします。

だから、お前は真面目すぎる、と。言われるんですよね。個人的にですが。

ってことで。

この動画は実態についての深堀りより、単純な上辺だけのイメージで扇動しようとしてる。

情報を提供するにしても、下調べもないし、根拠もない情報というか。

情報にすらなりえない、適当な話題レベルだと思います。それ故に誤解や、嘘が過分に含まれるものだ、と。

個人的に指摘したいと思います。


そもそもとして

眩しさや、キーボードの音。

こういうのは、その時の体調次第でも気になります。

自業自得とは言え、飲みすぎて仕事に行こうものなら、体はだるいし、頭が痛いし、それ故に光や音に過剰に反応すらする

そういう部分があるのも、人間の体の仕組みです。

感受性どうこう以前に、体の仕組みとして、疲れや、軽い風邪症状のような体調不良という、人体としての異常があるからこその反応でもあるんですよ。

それは何故か?

只でさえ異常があっても動いてるわけなので、体にかかる負荷、負担を減らそうとしてるから、なんですよ。

なので、なにもない平時での反応なのか?

それとも、少なからずの異常から、体への負荷がかかってるのに無理してるからなのか?

お仕事大好き日本人ではないですが。

リフレッシュが苦手であるがゆえに、負荷がかかりがちでもある日本人は、寧ろ後者。

感受性ではなく、自身が負荷や負担に気づいてるけど動かざるを得ないからの反応が大多数だと。

思います。

ぶっちゃけ、そんな反応しねーですから。

仕事してたら集中しますし、ただでさえ細かいところに気づいて、配慮が行き届くどころか、先を見て対応するので、ね?

すっげー、仕事が回ってきて、集中して効率よくこなさないと、大変だから。

分析の仕事してましたが、依頼された内容だけでなく、その結果をもっての検討を行った後に追加があるという事もあるわけなのですが。

それを見越して、先に相手に必要になりそうなデータ取って、無駄な手間省きますし、それを驚かれますから。

依頼されると毎回そうある。

こういうのを、ですね?

あくまで、自分にとっては。あくまで自分がそうあるだけ。

そういう念を押しながら、普通で当たり前に出来ることですから。

サラッと、そういう事言えるレベルです、ハイ。


怒らせたから?は?

怒らせるような事をしたんですか?

したのなら、それで怒ってるのだと何故判断できないのですか?

仲が良いように描いてますが、全然人のこと気づいてない、感じ取れてない、敏感どころか鈍感故に、怒ってる理由に気づけない。

どこが敏感すぎるんですか?

ほんともう、動画見てたら途中で切り上げたくなるほどに、

「これは酷すぎる」のオンパレードですよ。申し訳ないですが。

個人的に、HSP云々だけでなく、感受性として総じて扱った記事もありますが、その中で教え上手とか、相談上手と驚かれるという話も何度かしてます。

で、こういう部分は、そういう特徴的な部分があってわかりやすいから、それを挙げてるだけで、実際のところは、

普段から色々細かく気づいてる。

だからこそ、その人個人のデータという蓄積のようなものもある。

だから、相談上手だ、教え上手だと言われるほどに、活用することすら出来る。

うん。これも、出来るのが当たり前だし、幼稚園時点でそうあったので、面倒見が良い、と。

同世代の子よりも、特別そうあると評価されてました。

でも、それに対して当たり前の事をしてるだけでしかなかったので、帰宅してから母親に、

「ねぇ?なんで普通の事して褒められるの?褒められることしてないよ?」

と、何故褒められたのか教えて?って質問してたくらいです。

出来て当然当たり前。

そうしようと意識して、観察したことなんて一切ありません。

普通に見る聞くというレベルの行動で、なんでか不思議と感じ取って、脳が処理して、情報が提供されるという状態なんですよ。

観察なんて、いちいちしません。

サラッと視線を動かすだけでも、何かある、何かが必要、ほか様々なケースがありますが、なんでか不思議と一瞬でそこを知覚、把握するんです。

また、人間の視界って焦点というのがあって、必ず集中して見えてる部分と、それ意外という視野に入ってるだけで意識が向いてない部分ってあるものです。

そういう、意識が向いてないはずのところの部分からも、ちゃっかり感じ取って処理してるからこそ、無意識の内に記憶に残ってて、質問された後に「あー、そのときはね?」みたいに説明出来たりもします。

うん。

そもそも、人が怒るというのは、理由があるものです。

理由がないように見えても、感情の動きとしての、イライラや不快感、怒りというような、根拠もあるものです。

なんで怒ってるの?えええええ。

で、意気消沈とか、

無責任な人ですよね、です。

都合の良い部分には主観が働いてるのに、都合が悪い部分には働いておらず自身の行動すら把握できてないからこそ、何故怒らせたのかがわからない。

感情としての、怒りの発生という根拠すらなければ。

人間怒らないのが普通ですから。

そもそも、周囲の状況を集中してても把握してるほどなので、自分以外の誰かが余計なことして怒らせた状況でも、流れそのものすら把握できます。

だからこそ、仲裁という対処すらできるんですよ。

自分に怒りを向けられて無くて、他者のせいとはいえ、過剰に怒りをぶちまける人って邪魔にもなるんですね。

無駄に大声出し、その大声が建物の中だと、反響という僅かすぎて周囲は気づけ無いようなレベルすら聞こえてしまいますから。

声が気になる、気にならないではなく、そういう無遠慮さがあるので、こちらも怒りに誘発されるかのように、怒りの感情も湧いてしまうんです。

でも、それで怒るのが無駄なので、仲裁に行く、と。

動画の内容であるなら、寧ろ気づけなくておろおろしてる様に気づいて、外から助け舟を出す、です。

そうすることで、何故怒られてるのかが気づけ無いからこそ、自分の非を認められず、いつまでもくよくよして、怒の次は哀かよ・・・と。

社会人になったなら、子供じゃないんだから、感情の制御しろ!と切れたくなるほどに、無駄に気づくからこそ、敏感なんですよ。

自分の状態どころか、他者や、周囲という、置かれた環境の中にあればそこでの無駄な悪影響の源として、気づくんです。

HSPどころか、環境感受性という上位の括りにすら、話繋げられなくもない。

ほんとこう、ね?

心理学上の概念にふれて、学ぶ意識もってれば、学べると思いますよ?

うん。

こういう部分での、無学さというんですかね。

好き勝手に扱ってるだけでは?と、疑念や疑問を持たざるを得ない内容を。

もっともらしく世に出すのは、扇動だと。

個人的には思いますし、だからこそ、やれやれするんですよ。

日常的に溢れてる、無駄な政治批判と変わらないレベルですから。


違うではなく、違いすぎる

人間誰しも、個性、性格、思考、思想、様々に違う部分を持つものなので、違うという指摘をされるのは結構当たり前です。

ただ。

その違いが、ありえない。

周囲の人を呼び寄せて確認した上で、お前だけが違ってる。

違いが過ぎてるんだ!と。

違いなんていくらでも指摘されますよ。

でも、その違いにとどまらず、違いすぎるという言い方から。

おかしい、ありえない、そんなはずがない。

人間離れしてるどころか、そうあられるとお前の真面目さを大人たちに要求されることになるから、それは許さない。

そう言わんばかりに、何も問題なければ評価されるものの。

自分以外の周囲にとって、都合が悪いになるようなら、普段は褒めちぎってることであっても、一方的にイジメといわんばかりの非難をされる。

それ程に違ってたんですよ。

社会人になってからも、そうあられると、上司や更に上、関係部署から嫌味を言われる、同じレベルを要求される、だから認めない、みたいな。

そういう事が何度となくありました、よ。

何でそんなに仕事を頑張るのか?

そんなの、会社員として、社会人として、職場に出勤してるから、仕事してるだけなんですが?という事すら。

お前は違いすぎる、真面目すぎる、ってね。

そんなの、真面目な人だって済ませられないんですか?と言わんばかりに、常に違いとして、指摘されると言わんばかり。

様々な状況、様々なタイミング。

とにかく、自分と違う、自分たちと違う、自分たちが普通と思うレベルと違う、と。

迷惑や面倒をかけるどころか、寧ろ助かってるくらいと言われるのに。

違いすぎてて、おかしいって言われ続けてたんですよ。

うん。

いいじゃん、違っても。

人間誰しも違うのが当たり前なのに。

と。

違いすぎてておかしいって言われてもですよ。

それが何か迷惑とか、不快とか、そういう事になってますか?

それなら、非を認めて謝りますし、行動を改めますって言っても。

いや、問題はないから、そういうことはしなくていい。

なんですよ。

個人としては、違いすぎる、それがおかしいって言われても、突き詰めれば問題が無いどころか良い方に転がるので、自分としては気にかける必要もなければ、相手としても改めなくても良いと。

そういう事がおおかったので、違いを指摘されても、歯牙にすらかけない事ばかりでした。

なので。

ただただ、違いを指摘される、おかしいって言われるとしても。

それが、どういう違いで、周囲の反応はどうあって、自分は何かを要求されるのか?という、踏み込んだ部分の話も持ち出した上で語れないようなら、まったくもって違う話になると思います。

個人としては余り使わない表現ですが。

違いすぎる=出来すぎる、でもあるんですよ。

時折、出来すぎてて人間離れしてる、とかも言われますしね。

でも、それが普通で当たり前。

そして、そうさせてくれるのが、感じ取るとか、気づくとか、そういう感受性と言う部分です。

そしてこれには、「感情は一切関係ありません」

感受性として、感じ取った、受け取った、影響を受けた、そういう部分があって、その後に感情が揺り動かされる事がある。

そういう、一歩あとの話です。

なので、生きづらいなんて言うような人には。

「その生きづらさの、原因や、理由、根拠を自分で探して、自分にとって良い悪いではなく、客観的な視点をもって説明してみてください」

それが出来なきゃ、ただただメンタルが弱い、心理的に弱いだけ。

それも、疾患とか、病状というものではなく、ただただ自分が楽したいだけという部分しかないと思います。

ぶっちゃけると、そういうのも「感じ取れてしまいますから」

うん。


時に言われる「少し気持ち悪い」というお話

そういう事が出来てしまう自分自身ですら。

こういうのは、相手にとって気持ち悪いって思われても仕方がない。

それ程に、出来すぎてしまうことって多いです。

怒らないから、正直に言ってみて?と。

頼み込んで聞き出すと、そういう意見ってやっぱり出てきます。

相談に乗ってくれるうえでは、寧ろこう色々安心できるんだけど、流石に話してるだけで見透かされてるようなところは、気持ち悪くもある。

話を聞いてるだけなのに、話の中に出てきた人、会ったことが無いと言い切れる家族について、こういう人じゃない?→え?なんでわかるの?と言う感じで。

そしてこういう部分でも、その時その時では無意識でやってますが、相手が安心できるように、配慮した理由付けをして安心を促したりもします。

だから、相談した結果がうまくいく、と。

相談してくる人って、程度はどうあれ、困ってたり、悩んでたりしますし、結果がどうなっても、それが安心につながらない限りは、悩みって終わらない事が多いんですよ。

集団行動をする、集団を形成するというのは、そういう安心を得るためと言う部分がありますし、子供だと母親に対しては特にそれが顕著にあらわれるので、母親にとっては時としてうざったらしく感じてしまい怒ってしまうということにもなると思います。

自立という、言葉がありますが、自分だけで立つのは相当に苦しいものなので、寄り添い会える、安心を得られる相手って求めてしまうものなんですね。

それが、時として人恋しさにもなるし、人肌の暖かさを感じたくもなり、最悪道を踏み外すことにすらなる、と。

どこに区切りをおいて、どう立ち回ったとしても、時として不安は訪れるものですから、人間は悩みもする生き物なんです。

言葉を操るようになったからこそ、動物のように単純に過ごせなくなった。

これは、進化で発生したデメリットとも言えるでしょう。

なーんてのも、こういう記事を書くとホイホイと言葉が出てきますが、普段は無意識の内に行動しちゃうので、

出来すぎる、と。

優しすぎるだけでなく、下心も感じないからこそ、

気持ち悪いw

とかも言われたりしてます、ハイ。

違う、ではなく、それ程に違いすぎる、なんですよ。


あとがき

日本人の、なんて前置きは誰がいいだしたんだよ!

と。

流石に、これは酷すぎるので、ネタにしてみました。

Wikipedia程度でも触れてれば、約20%と言われてるだけで、5人に1人なんてのがそもそも日本独特というか。

海外発の心理学の概念なので、そういう日本独特ってまず含まれてないものなのに。

なんかこう、呆れて、乾いた笑いが出てしまったかと思えば。

内容も酷い。

流石にあまりの酷さに、コメント欄もサクラなんじゃないか?もしかして・・・とか、疑念を持つレベルです。個人的に。

繊細さんとか言われる前から、スピリチュアル方面でHSPって触れられてたんですよ。

エンパス=共感が強い人とか、そういうのをちょっとこう特殊な人みたいに言うような内容とあわせて。

ただ、この時期はそういう部分からの胡散臭さがあったからなのか、今ほど話題にならなかったんですよね。

そして、これを言い換えると、話題性に頼った情報って、相当にいい加減な情報でもある、と。

動画の内容って、HSPどころか、寧ろダメ人間を主人公にしてますよ、これ。

良い悪い、自分がどうこう関係なく、様々なものを感じ取ってしまいます。

なので、仕事なんて普通の事やってるだけでも出来すぎてしまうし、意識して先手打とうものなら、工場長だ、副工場長だが社員食堂で横に座って評価しながら、お昼を共にするとか経験してます(笑)

正直ですね?

出来すぎてしまうんですよ!

評価されて褒められてることって、自分としては、評価してもらえるのは良いけど、ふつうのコトやっただけですよ?にしかならなかったです。

それ故に、自分の親と同じくらいに年齢離れてて、相応に社会人やってるような人から、

お前みたいなタイプは今まで見たことがない、会ったことがない

それ程に仕事ができるし、助かってるって言われてました。

はぁ・・・。でも、まぁ、それ、出来て、当たり前でしかないし、意識してなければ、ただただこうあったら相手の為になるだろうな、という漠然とした感じ取り、気付きをやってるだけに過ぎない。

そういうレベルが、普通の状態なんです。

また、これを環境感受性という言葉を、個人で知ってるレベルでの解釈を用いて表現すれば、

職場という環境に赴いて、その環境で仕事をしてるからこそ受ける影響によって、そういう事を成してしまう。

クラブDJなんかにしてもそうです。

そういう真面目な会社員であると同時に、お酒飲んで踊って騒いでをするクラブでDJすれば。

故郷=日本じゃないどこか、でのクラブの経験を思い出して、すごく楽しかったとか、日本人のくせにクールなDJできるのかよ!と。

この店を知れてよかった、ここにこれてよかった、楽しかったと。

文化も風習も何もかもが違う国の人にすら、評価されるような行動を成すんです。

それは、そういうクラブという環境があったから。

日本独特ではなく、海外風を意識してるマスターが営業してるお店だったところに、そういう感受性をもった私が行って、DJをさせてもらうことが出来たからこその経験だったりします。

会社員としても評価されつつ、クラブDJとしても評価されるだけでなく、それでいてオタクで、アニメにゲームにマンガが好きで、家には様々にゲームやマンガを置いてる。

お前は一体何なんだ!?

しらん。

気づいたらこうなってた、ただそれだけ。

それほどに、環境からの影響を受けるし、それを受けるだけでなく、受けたからこその適した行動を取れるので、評価される結果を得ることすらできちゃうんですよ。

生きづらいだけじゃねぇ!

っていうか、寧ろそういうことのほうが少ないです。

原因や理由、そうなってしまった背景どころか、事の成り行きという流れすらも感じ取ってますから。

そういう状態が発生するのは至極当然で当たり前だ、と。

怒られるなんてのも、そりゃ当然と言わんばかりの理由があるんです。

そこを見ないまま、怒られたことを気にして頭の中で何度も~って。

自分可愛いがすぎるだけですよ。

それだけでなく、こういう部分が、日本が研究に適さない国とされる理由の一つにもなるというか。

研究した成果に対し、都合よく、あることないこと好き勝手に扱う=研究や学術に対する軽視も理由というか、原因の一つにあると思います。

海外の場合、歴史的にもそういう部分が、評価とか栄誉だったわけですが、日本の場合少し頭がおかしい、変わってる変な人扱いされるというのが未だ根強いと思います。

勉強や成績にはうるさいのに、研究や学術は軽視。

なんだこの、矛盾した国は(笑)

そういう勉強の元は、研究による追求や解明、それを検討して学術的に体系化してるからこそ、勉強することに使えるっていうのに。

研究できる体制や設備を整えた所で。

正当な評価がなされず、軽視が蔓延してたり、権力ほかのパワーバランスで握りつぶされかねないから。

海外に出て安心して研究できる環境を選ぶってもんですよ。

ほんともう、なんなのこの、ねぇ?

ということで。

流石に酷すぎたので、記事化させてもらいましたよ。



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