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パンデミック下に狂い咲く、破壊と越境の音楽「hyperpop」とは何か?

全世界が停滞した2020年から、「hyperpop(ハイパーポップ)」という音楽シーンが沸き上がっている。

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Google Trendより「hyperpop」の検索数(全世界)

インターネットを媒介に今も白熱するhyperpopがユニークであるのは、活躍するアーティストのほとんどが10代から20代の若者であり、とりわけ中心的な役割を果たしているのがLGBTQ+を自認する性的マイノリティだという点だ。

そこで志向される音楽性は、既存世界の音楽表現を集約・衝突させ、砕け散った残骸を「ポップ」として構成するというもの。

この実験的な音楽が若者に熱狂を生んでいるのは、はたして瞬間的な狂乱なのか、それとも新たな音楽ジャンルの門出なのか?(※1)

日本のインターネット音楽で中核的な役割を果たすtomad氏は、「全容は分からないけど、とにかく面白いことが起きているように見える」と語る

本稿ではこの新興の音楽シーンについて、その特徴や辿ってきた歴史を紹介していく。

CHARLI XCXはシーンの最重要人物の一人だ

「hyperpop」の技術的志向 サウンド

まず、以下の二つのMVを見比べてほしい。

知っている人も多いかもしれない。Rebecca Blackの『Friday』は2011年に世界で最もYoutubeで再生された曲だ。炎上によりバイラルに拡散してしまった悲しい作品でもある。もちろんhyperpopではないので最後まで見なくてもいい。

こちらは、10年の時を経てリリースされた同じ曲のhyperpop Remixだ。当時13歳だったRebecca Blackが、「あの人は今?」状態から尖りに尖って帰ってきた

バリバリに割れたMCとハンドクラップ、ボーカルにはピッチアップとオートチューンが過剰なまでにかかっている。そして曲の後半で待っているのは、天地がひっくりかえるような激動の曲展開だ。

こうした要素によって原曲の作品世界は容赦なく叩き潰され、まるで原型をとどめていない。そう、叩き潰した残骸を拾って造形したものをもって「これがポップだ」と改めて喧伝するような、居直りのスタンスを持っているのがhyperpopだ。

現段階ではhyperpopをカテゴライズする技術的なレギュレーションは存在しない。

しかしシーン全体を見ると、ザラついた音像派手なボーカルエフェクト、そしてリズムやパターンの様式を無視した曲展開などが技術的な志向としての共通性を指摘できるだろう。

このサウンドを指してポップのマキシマイズという表現もしばしば使われている。

「hyperpop」の技術的志向 ビジュアル

過剰なサウンドには過剰な映像も伴って表現される。

雑コラのような切り抜きにねじ曲がる空間、嘘くさい3Dなどをもって、hyperpopはバグったデジタル空間のような情景を志向する。

狂ったデジタル空間という意味においてvaporwaveとの類似性も指摘できるが、hyperpopは虚構を虚構として取り扱うのではなく、現実とデジタルの間に生じたバグを表現する志向があるようだ。

hyperpopとほぼ同義に使われる「glicthcore」という言葉がある。glicthとは「バグ」のことで、こちらの呼称の方がビジュアルを理解しやすいかもしれない。このglicthcoreは主にTikTokで使われる用語らしい。

@iguana_alanaは24万人のフォロワーがいる人気TikTokerで、「glitchcoreのCEO」と呼ばれているそう。hyperpopの楽曲の世界観をよりクレイジーにビジュアライズしたことで、リスナーだけでなくアーティストからのリスペクトを集めている。

ティーンに熱狂を生むこのシーンにおいて、TikTokがhyperpopのミュージックビデオのような機能を果たしていることは重要な指摘になる。

現実とデジタルの摩擦を示す表現が、デジタルネイティブによって創作され、受け入れられていることは様々な考察の余地がありそうだが、ここでは触れない。

glitchcoreを作りたければ
「iphone4を風呂に沈めよう」

「hyperpop」の中枢はSpotify公式プレイリスト

シーンの中枢となって牽引する存在がある。それが以下のSpotify公式プレイリストだ。

2019年8月に公開されたこのプレイリストこそがhyperpopを宣伝し、普及させ、ムーブメントを起こす原動力になっている。そのシステムを説明するのに、hyperpopが辿ってきた道を説明しなければならない。

以下、Spotifyプレイリストがシーンの中心となる過程を簡潔にまとめた。(※2)

■2010年代に流行したフューチャーベースを受けて、UKのネットレーベルPC MUSICが独自の音楽性を発展させる
■2016年頃、PC MUSIC主宰のA.G.CookやSOPHIEがポップシーンに進出
■一方アングラに取り残されたSoundcloudを中心とするシーンでは、PC MUSICが発展させたエレクトロニックミュージックが進化を遂げ、エモラップやハードコアテクノ、ラウドロックなど様々なジャンルと合流する(※3)
■その文脈を受けて、100 gecsが北米から登場
■2019年8月、100 gecsのヒットを受けてSpotifyのエディターが公式プレイリスト「hyperpop」を作成
■2020年7月、100 gecsがゲストキュレーターとしてプレイリストを編纂
無名のアーティストが大量になだれ込んでカオスな熱狂が生まれる
■雨後の筍のごとくhyperpop的なアーティストが生まれまくる ←今ここ

乱暴に総括すると、とあるネット音楽が様々なジャンルを取り入れて進化していたところをSpotifyエディターが見出し、「hyperpop」としてプレイリストにパッケージした。シーンの旗手の100 gecsにキュレーターを任せたら、無名だったアーティストが売れまくって超ホットな場所になった。という筋になる。

ここで言う無名アーティストにティーンネイジャーが多く選ばれているのも特筆すべき点だ。100 gecsはプレイリストを編纂する際に、DiscordやSoundCloudのオンラインコミュニティを通じて楽曲を探したのだという。(※4)

結果的に100 gecsの審美眼は鋭くて、hyperpopは若いエネルギーに満ちた旭日昇天なシーンとなった。

15歳でhyperpopの寵児となったosquinn

同じく15歳のglaive

「hyperpop」プレイリストには現在16万人のフォロワーがいるが、楽曲の「お気に入り率」がSpotifyというプラットフォーム全体で最高の水準になっている

このデータが示すのは、hyperpopがもはやアングラではない規模になっていること、またある種の熱狂を帯びているという事実だ。(※5)

「hyperpop」のカテゴライズ闘争

hyperpopの震源地であり、そしてレッドカーペットとして機能しているSpotifyプレイリストを語るには、もう一つ付け加えなければならない。

hyperpopのルーツの一つ、ネットレーベルPC MUSICを主宰するA.G.Cookの起こした波紋についてだ。

2020年9月、A.G.Cookはプレイリストのゲストキュレーターとして選ばれた。その時すでにメジャーアーティストと組んでポップシーンに進出していた彼が選出されたことは、hyperpopをより大きな舞台に押し出す推進力になった。

しかし、彼が編集したプレイリストの中にJ DillaやKate Bush、TLC、Aphex Twinなど既に権威的な立場にあるアーティストが数多くノミネートされており、これが問題となった。(※6)

A.G.Cookはhyperpopのプレイリストに歴史を与えようとしたのだ。だが、シーンは歴史を必要としていなかった。hyperpopというカオス空間は、歴史を破壊することで成立してきたのだから。

若手アーティストや評論家を中心に広がった波紋については、上記のツイートについたコメントを見てほしい。その中のツイートには、以下のような声もあった。

あーあ、「hyperpop」をはっきり正式なジャンルにしてしまったね。
数多の実験的なポップスが「hyperpop」って腑抜けた名前になるだろうし、マジで、どうなっちゃうんだろね。

爆発的に認知を広げるhyperpopにとって、今は過渡期にある。hyperpopに関わる多くの人が、カテゴライズがシーンを陳腐化させる恐れを抱いているのである。

こうした批判を受けたA.G.Cookは、自らのプレイリストへの編集を「古い音楽と新たな音楽を繋ぐことで、さらなる広がりを期待した」と弁解した後、数時間以内に修正版をリリースした。

とにかく、すぐに戻すよ。
進歩的な音楽にアツい人達に会えてよかった。

「hyperpop」とクィアの精神

※当項に関しては『ユリイカ4月号 特集*hyperpop』にて灰街令さんの論考「Vaporwave、Distroid、hyperpop――二一世紀のネット音楽におけるgender performanceについて」にて“抽象的で一義的な「解放」を見出す乱雑さ”という批判を受けていますが、記事を修正することで議論の経緯を不可視化してしまうことを危惧し、公開時そのままにしてあります(当記事の一義的なジェンダーパフォーマンスを是認する意図ではありません)。ぜひ灰街さんの論考をご参照ください。

hyperpopはどうしてジャンル化を拒むのか。

ここではアイデンティティの定型化への反逆を、hyperpopが根を下ろす、「性」にまつわるアイデンティティの問題について言及することで説明を試みたい。

本稿の最初に言及したように、hyperpopのシーンで活躍するアーティストには、LGBTQ+に属する性自認を公言しているアーティストが多い

本稿で紹介した中でも、fraxiom、Iguana Alana、100 gecsの一人Laura Les、osquinn、SOPHIEと多くの名が挙がるのは、決して意図的な操作ではない。クィアのアーティストがhyperpop独自の世界観を築いてきたのだ。

hyperpopの技術的志向の一つは、過剰なボーカルエフェクトだ。

100 gecsのLaura Lesはボーカルをピッチアップする理由について、「よりクールに聞こえる」だけでなく、「聞き返すときに自身の性別違和を落ち着かせる効果がある」と述べている

またFraxiomも自らが非バイナリーであることを認めていて、「自分の声をピッチアップすることは、自分自身を探求するのに役立っていた」と語る

この技法を先駆的に使い始めたのは、A.G.Cookと共にシーンを牽引したSOPHIEというトランス女性のアーティストで、hyperpopの最重要人物だと語る声も少なくない。(※7)

彼女らは、逃れられない肉体と心を切り離して羽ばたくために、「声」を作り変えるという技法を獲得した。声の徴表を蒸発させ、無化し、ジェンダーからの解放を図っているのだ。

現実を飛び越えた創造のための精神性が、hyperpopの美学の中核に埋め込まれている。

声だけでなく、ジェンダー化された既存世界の音楽を集約・衝突させる手法にも、その越境的なイデオロギーが大いに反映されているわけだ。

しかしhyperpopに注目が集まるにつれて、破壊的な手法そのものへの関心が増しているのが現状だ。高尚なイデオロギーよりも、エキサイティングな手法であることにティーンからの人気を集めているようにも見える。

手法それ自体が「hyperpop」か否かを規定するようになれば、ジェンダーレスな文脈をアンダーグラウンドに追いやって、そもそもが志向する越境性を閉じ込めることになる

そうした事態への危惧が、ジャンル化、つまり技術的なレギュレーションを獲得することへの恐れになっているのだ。

なお、hyperpopの中心人物であり、先述のSpotify公式プレイリストを編集するLizzy Szaboは、以下のように語っている

このジャンルを定義するのは私の仕事ではありません。
私たちはただ、エキサイティングな音楽に光を当てたいだけなのです。

「hyperpop」とは何か?

現段階でこのシーンを語るには、その越境的イデオロギーを否定しないために曖昧な言葉にならざるを得ない。

しかしザラついた音像、派手なボーカルエフェクト、リズムやパターンの様式を無視した曲展開などのサウンド面の志向、また現実とデジタルの矛盾を指摘するビジュアル面での志向が、若い世代を中心に異様な熱狂を呼んでいることは事実だ。

日本でもウ山あまね、4s4ki、hirihiriなどを中心にhyperpop的な音作りで注目を集めるアーティストが台頭している(hyperpopという呼称を嫌がるアーティストも少なくないが)。ロンドンを拠点に活動するRina Sawayamaはhyperpopの文脈で広く評価されている。

他にも、Abema TVの「ラップスタア誕生!」で注目を集めたtohjiや、King Gnuの常田大輝が主宰するmillennium paradeがSpotify公式プレイリストに選出されるなど、日本にhyperpopの熱が届くのは間もないだろう。

しかし、ジャンルが誕生して間もなく死んだvaporwaveのように、死産に終わる可能性も否定できない。

シーンの部外者である私達ができることと言えば、hyperpopが持つ文脈を適切に理解して、新たな音楽の門出を祝い、そのイデオロギーが死滅しないことを祈るばかりだろう。

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(※2022.9.18追記)
hyperpopを含む新鋭シーンを担う若手アーティストを中心にインタビューを行っているほか、現代音楽シーンにまつわるコラムなども執筆しています。ご興味のある方は以下よりご参照ください。

また、本記事の続編のような位置づけで「digicore」というシーンについてコラムを執筆しました。「hyperpopに内包されていた非歴史的なユースシーンがdigicoreの名のもとに独立した」という内容になっており、併せて読むことでより理解に繋がるかと思いますので、ぜひ。

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注釈
(1)本稿では「音楽ジャンル」ではなく「音楽シーン」と表記する
(2)詳しくはtomad氏によるhyperpop考を参照してほしい
(3)スウェーデンのBledeeやEcco2kなどが属するDrain Gangなどの活動がhyperpopのルーツとして見られる
(4)ここで発掘された新米アーティストたちのいくつかは、100 gecsのDylan Bradyが主宰するDog Show Recordsからリリースされている
(5)参考までに他のプレイリスト(若手アーティスト専門)のフォロワー数は以下となる

「Tokyo Super Hits!」42万
「J-Rock Now」14万
「New Era: J-HIP HOP」60万
「K-POP Rising」51万
「All New Indie」100万

「hyperpop」の16万人は、既に産業化された他ジャンルに比べて少なくないことが分かるだろう
(6)このプレイリストには日本の中田ヤスタカ主宰のエレクトロユニットCAPSULEも含まれている
(7)SOPHIEは2021年1月30日に亡くなっている


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