見出し画像

『プライベート・ライアン』はリアル臓物描写の源流なのか?

先日、大槻ケンヂさんと野水伊織さんのトークイベントを観覧した。臓物ホラー愛好家(?)の野水さんとの大槻さんの会話の中で、今のリアルな臓物描写の元は『プライベート・ライアン』ではなかろか?といった会話がなされていた。

「そういや、そうかもなあ・・・んー、でも前に似たような議論をどこかで見た気がする」などと、思いつつイベントの帰り道で考えてみた。

スピルバーグは然るべき表現を然るべき場所で使う監督だと思っていて、内臓描写に限らずショック描写を有効に活用する監督だ。天才なのでそりゃそうなんだけど。

『ジョーズ』の漂着損壊死体と〇〇の血反吐ブヘー!にはじまり、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』のラスト(このシリーズは全作人体をぶっ壊してるけど)、『ジュラシックパーク』に『シンドラーのリスト』.……もういいか。

とにかく、スピルバーグは常に実にイイ感じで人体をぶっ壊してきた。で、『プライベート・ライアン』である。

本コラムの回答を先に述べると『プライベート・ライアン』を近年の臓物描写の源流と考えるのは間違っていないが、決して正解ではないとボンヤリした回答になる。

『プライベート・ライアン』は当時、『プラトーン』とよく比較された覚えがある。この2作品の比較に関しては、海外評論を中心に主な考え方はこうだ。

「『プラトーン』は残酷ではあるけど。観客はあくまで観客だった。反して『プライベート・ライアン』は観客に観客となることを許していない。」

銀残しと頻繁に変わる露出を存分に活用した主観的なカメラワークとILMの力業による「恐ろしく」、「内臓的で」、「残忍で」、「衝撃的で」、「激しい」暴力は観客を真の恐怖に陥れ、極度の緊張を強いる。もはや自分が本当にオマハ・ビーチの戦場で逃げ回っているかのような臨場感をあたえるため、非常に革新的であると評された。
これを一部の残酷映画好きは「スピルバーグは残酷映画の人間だ!うれしい!」と歓喜したが、『プライベート・ライアン』のオマハ・ビーチ、あるいはラメル最終戦闘におけるナイフによるスローな兵士の殺害場面をエクスプロイテーション的に消化することはスピルバーグ自身が否定。本作はあくまで「醜いもの」であるべきと断言している。事実、スピルバーグはやりすぎている。長く彼の作品を編集してきたマイケル・カーンが

「吐き気がするので、このシーンの編集、勘弁してもらっていいっすか?」

と幾つかの残酷場面を削除しているのだ。スピルバーグはかつてトリュフォーが放った言葉

「映画はすべてを美しくしてしまうため、真の反戦映画を作るのは難しい」

に映画監督として対峙すべく「実際の戦闘がどのようなものか、兵士たちが経験したことを理解して、戦争が恐ろしいものであること知らしめるため」に醜い残酷描写を使ったのである。『プライベート・ライアン』を観た退役軍人が「事実とは少し違うが、大方ああいうもんだ」と批判混じりの感想を述べながら、その多くがPTSDを発症してしまったのも有名な話だ。

つまり『プライベート・ライアン』の残酷描写は嫌悪してもらうためのものであり、楽しむためのものではなかった。だからホラー映画の臓物描写の源流としての解釈は正しくない。
しかし本作を観返す場合、オマハ・ビーチとラメルの戦闘シーンになることは否定できない。公開当時も「なんだかんだと”拷問ポルノ”やんけ」と批判する評論家も少なからずいた。(デイヴィッド・エデルスタインが2004年にホステルを観て拷問ポルノという前に、この言葉を使う人いたんだね)

また『プライベート・ライアン』登場まで、リアルな臓物映画がなかったのか?そんなことはない。山のようにある。(『Aftermath Genesis』(1994)とか)ただインディーズ界隈の底辺だっただけだ。ただ臓物ひけらかし描写をメジャーに引き上げる一端を担った作品の一つとして『プライベート・ライアン』があるのは確かだろう。

それよりも本作が変えたのは、戦争映画そのものなんだけど、それはそれでめんどくさい話なので、今回はやめておきます。

本作が公開された1998年にヒットしていたホラー映画は『パラサイト』、『ザ・グリード』あたりのノホホンとしたクリーチャーもの。そして『リング』がJホラーの新しい礎となった年である。
ホラー映画が本格的に臓物に傾倒していくのは、『ファナルデスティネーション』(2000)を経て、『ホステル』が公開された2004年ごろ。一般娯楽作の死体描写に臓物がカジュアルに使わるようになるのは2009年ごろである。
もちろん、その裏では地獄みたいなインディーズ作品が臓物をまき散らしていたわけだけど。

今度また詳しく書きます。今日はここまで。

所要時間:1.5時間(通勤電車往復にて)
画像:PERNICIOUS(2014)そんなにおもしろくない.……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?