船木No3__15_

廃校したんだ。

忘れたことなど、一度もなかった。あの日のことを。

あの日のために、あの時のためだけに、学校中が一丸となっていた。
何故なら、あれが最後の文化祭だったからだ。
そこには、語りつくせない想いがある。
最後に残った生徒数は、200人に、満たない。

私は想う、あそこまでに、先生と生徒の絆があり、また夢というモノを与えてくれた、学校は、他にはないと。

コース制の都立高校だった。私はデザイン美術コース、他に福祉コース、国際交流コースと、3コースで分かれたコース制の高校だった。
しかし私が入った代ですでに廃校は決まっており、国際交流コースというコースは、私達の代にはいなかった。
その頃は、何も想いもしなかったよ。
廃校が近づくにつれ、ガラガラになっていく校内、物や使われていた教室が、空っぽになっていく姿。そして、廃校後の、合併する形として観察や会議に訪れる見知らぬ『先生』、まだ生徒は残っているのに、廃校への準備は区の決まりとされ、徐々に片付けらていく思い出達。
寂しく、静かになっていく。

それでも笑う生徒達、先生達。
ここは『まだ』自分達の学校なのだと。胸を張って。

最後の文化祭

私達デザイン美術コースは、3年続けてお化け屋敷を行った。年々クオリティは上がり、出てきて泣く子が多かった。
そのための準備は、夜になっても、続いたし、先生も、許してくれたよ。
みんな同じだった。
これが、最後だから。
戻ってこない、取り戻せない、大切な思い出と、なる為に。

他のクラスも、部活動の子達も同じ。それぞれが、それぞれの時間を、その時間の為に全力を出した。私もだ。
私は、クラスの準備、発表、部活の発表、バンドを行なった。
お化け屋敷は、チーム分けされ、どの部分を担当するかを決め、、、
そう、大人より、若さ溢れ夢に輝くあの頃の方が、人間は誰でも全力だったはずだ。その時々を、その刻を、楽しみ、苦しみ、それを大いに味わった。
見事な仕上がりだったよ。教室の中が、とても広く感じたよ。
教室中を、壊れた空き家、和室に変えたんだ。
近所の小さな子も訪れ、泣き叫ぶ声がお化け屋敷中に響き渡り、より一層にお化け役の子達は楽しんでいたものだ。

料理を作り、生徒の作品を飾り、学校の歴史を残し、
生徒全員が、個々の活動を責任を持って動いていた。

部活の発表。
私は、女子サッカー部だった。最後の試合は、負けてしまったよ。
11人ギリギリのメンバー、文化祭で、最後の思い出を作ろうとなった。
それは、創作ダンスだった。
様々な音楽をメドレーで流し、メンバーが立ち代り踊っていく。
何故ダンスか?さあ、なんでだろう

…楽しむため。
最後まで、楽しむために、全ては、楽しかった思い出にするために。
練習は、部活の後や、様々な時間の合間を使って、行なった。
うまく踊れるか、踊れたか、そんなことよりも、
ただ本当に、もう無くなってしまうから、がんばっていた。

『良いモノにしよう』
ただそれだけの、強い想い。

いつかは無くなるもの、そういうものは、沢山あるけれど、
命が、代表的。
けれど、全てに命は入ってる。どんなモノにも。
そんな、いつ終わるか分からないモノの中で、
入学初めから、余命宣告をされていた学校、ということだ。
それが全てだ。

部活は、写真部も入っていた。表紙の写真がそうだ。
誰もいない教室を撮った。
まさか、こういう形で使用しようとは、想ってはいなかったけれど、
もう二度と入れぬ、教室。

バンド

私は、ボーカルを努めた。友達2人、ギターとベースを組んで。
慣れない姿だった。今でも、目を瞑れば、想い出す。
表に出ることを苦手に想って不安がりながらも、一生懸命慣れない楽器を練習してくれた友達。
私は、力に、なれていただろうか。ありがとう。
活動の多かった私だった、一緒にいれない時間もあった。

また、そのバンドは、先生も加わって、行なったんだ。
素晴らしいバンドだった。
楽器が弾ける先生に、声をかけた。応じてくれた。
私、友達2人、英語の先生2人、音楽の先生、生物の先生。
感謝します。あの時は、協力してくださって。
最高の思い出になった。

スピッツ「チェリー」に、Mr.Children「Everything (It's you)」

その頃にはまだ分かりきれなかったその歌詞が、
過去となり、戻れなくなった今、あの時を想う心と、重なるなんて。

語りつくせない、あの文化祭。最後の文化祭。

これは、私だけの想いであり、もっともっと沢山の想いが、
あの時、あの場所には、あったと想う。
もちろん、私が知らぬ、辛い想いも。

ただ確実なのは、あの頃は、もう戻ってこない。
戻ることもできない。
卒業直後、学校に入った、警報がなった。母校。
思い出に浸ることはできない、
できるとするならば、自分の胸の中。

想う。
あの最後の文化祭は、終わりが見えていたから、
みんな輝くことができたんだ。
最後の時、いつ訪れるか分からないんじゃなく、決まっていたから。

人の人生だって、同じであると、今想ったよ。

私は、ずっとあの時の『楽しさ』を、忘れられなかった。
あまりにも、毎日が、楽しい記憶に満ちていた。
その意味が、わかった。

全てはいつかは終わるもの。確実に。
終わる時のために、全力を尽くすんだ。

そして、最高の笑顔で、終える。

終えるために、笑うんだ。

私の、文化祭の想い出は、そういう、モノだった。

心から、ありがとう。

そして

当時の仲間は、今でも
私の掛け替えのない、親友、仲間であるのは、言うまでもない。


感謝。



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