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夏祭りに参加するはずだったのに ~パキスタン・カラーシャの谷へ~

祭りが好きだ。特にアジアの祭り。地元の人びとがいつもより着飾って、老若男女がみな浮足立つあの感じがワクワクする。
ある年の夏、私はパキスタン・カラーシャの谷で行われる夏祭りに向かっていた。カラーシャの谷はパキスタンの北部、アフガニスタン国境付近に位置している。3つの谷あいに「カラーシャ」と呼ばれる少数民族がヤギや羊を放牧し、半農半牧で暮らしている。イスラム教を国教とするパキスタンにあって、カラーシャの人びとは独自の文化を持ち、土着の宗教を信じている。

#カラーシャの谷については、noteの過去記事にも少し書きました↓

カラーシャの谷では季節に応じて祭りや儀式を行う。毎年8月には収穫の始まりを祝う夏のお祭り、ウチャオが開催され、私はそのお祭りを目指して、日本からの遠い道のりを進んでいた。
カラーシャの女性は普段から美しい刺繍を施した民族衣装を着ている。お祭りの日はさらに美しい衣装を身に着け、歌や踊りを披露するという。否が応でも期待が高まる。

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谷に入る日の前日、私が参加したツアーの添乗員さんが神妙な面持ちで話しはじめた。
「お祭りが延期になりました」
・・・一同沈黙。
沈黙を破るように添乗員さんが続ける。
「村の長老が亡くなられたので、喪に服するため、祭りが3日延期になったそうです。みなさんが3日間谷で待っていたら、帰りの飛行機に乗れなくなります」
日本を出て数十時間が過ぎようとしていた。この旅のメイン、夏祭りに参加できない?
が、しかし、村の長老が亡くなったのだ。喪に服するのは当然のこと。「夏祭りが見たい~」のはノコノコ日本からやってきた私たちの勝手にしかすぎない。残念な気持ちをぐいぐいっとバックパックに押し込んで、旅の行程を進めた。

谷あいの村に到着した頃、現地ガイドさんが私たちに言った。
「村の人がみなさんも長老のお葬式に来てくださいと言っています」
えええええ?おおおおお?
見ず知らずの外国人がお葬式に参列して良いのか?
「たくさんの方に来ていただきたいと言っていますので」
・・・い、いいんですか?
お葬式は村の中の神殿で行われているという。

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神殿の横では羊の肉がゆでられていた。お葬式のときには遺族が村の人たちにごちそうをふるまうのだそう。
神殿は木造の建物で、美しい衣装をまとったたくさんの女性たちが詰めかけていた。女性たちは故人をしのび、むせび泣いていた。

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神殿の中にも入らせていただいた。建物の中央に正装した長老が安置されている。体には鮮やかな色の布がかけられており、その周りを女性たちが囲んでいる。女性は涙を流しながら、抑揚のある声で歌をうたっていた。後で聞いたのだが、故人の生前の功績を歌にして歌い上げるのだという。いわゆる「泣き女」と呼ばれる役目の女性だ。
女性たちの声が神殿の中に響き、独特の空気を作り出していた。そこに「死」はあったが、不思議と怖さは感じなかった。ただ、圧倒的な力があった。私は力に押されるように建物の外へ出た。長老の旅立ちを記するように外は晴天だった。

夏祭りには参加できなかったが、それ以上の貴重な経験をしたパキスタンの旅だった。

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