俯瞰

 キレッキレのダンスと心地よいリズム、そしてベースの重低音。そこに重なる割れんばかりの大歓声。私はいま、アイドルグループのライブに来ている。めちゃくちゃ大ファンというわけではないのだけれど、それなりに日本中で知られたグループなので、私もそれなりに曲は知っている。それよりなにより、隣でステージに向かってタオルを掲げている私の友人、この子に布教され続けてそれなりに詳しくなった。

 時は現在から3か月ほど前。友人からこの人気アイドルグループのライブに当たった、という連絡を受け、せっかくのお誘いなので一緒に参戦することにした。何でも、彼らのライブのチケットの倍率は毎度かなり高いらしく、友人も久々に当たったんだとか。そんなライブに私が参加するなんて、聞く人が聞いたら一揆でも起こされそうだ。

 とまぁそんな経緯で、私はいまドームの中にいるわけだ。ところが残念なことに、心から楽しんでいると言える自信はない。そりゃあそれなりに楽しいけれど、一方で冷静さを忘れることができずにいる。

 私にはそういうふしがある。すなわち、何か楽しいことに触れているとき、それを確かに楽しんでいる自分がいる一方で、そんな自分を俯瞰で見ている冷静な自分もいる。

 今回のライブに参加するにあたって、曲も改めてたくさん聞き直してきたし、友人から「絶対楽しいから!」と有名どころのコールを教わったりもした。
 しかし、いざライブ本番、大声を出したり手を掲げたりしようとすると、「あら、楽しんじゃってるじゃ~ん」ともう一人の私が現れてくる。気にせず楽しめばいいのに、と思う人もいるかもしれないが、どうしてももう一人の私が消えてくれないんだよなぁ。

 振り返ってみると、昔からそうだった。
 高校生のころ、年に1回、クラス対抗のバレーボール大会があった。1年生から3年生まで関係なく戦う、うちの高校のビッグイベントだ。生徒たちは、その日のために、だいぶ前から放課後にバレーボールの練習を行う。私もひそかに楽しみにしていたのだけれど、それを素直に認められない。練習に誘われたら参加するし、それなりに楽しく練習するのだが、どこかスカしている自分がいた。ちなみに、運動神経は悪くはないので(飛び抜けて良いというわけでもないが)、本番では持ち前のセンスでそれなりに活躍したのはまた別の話。

 ただ、そのころと比べて現在では変わったこともある。イベントを心から楽しめる人への見方だ。高校生のころは、スカしている私のほうがカッコいいと思っていた。でも今なら分かる。本当は、楽しめる人への憧れがあるんだよな。

 そんなことを改めて思いながら、周りを見てみる。みんな、光る汗ととびきりの笑顔で、ステージ上の彼らと自分自身だけの世界に入っている。私みたいに、周りの観客の様子を観察している人はいない(気がする)。いつか私も、自分だけの世界に没入できる人間になれたらいいなと思う。

 ちなみに、ビジネスの世界では、「ダンスフロアとバルコニー」という考え方があるらしい。ダンスフロアとは何かに熱中して取り組んでいる状態のことを指し、バルコニーとはダンスフロアの状況を客観的、俯瞰的に見られる状態のことを指す。リーダーは、常にダンスフロアにいるのではなく、ときにバルコニーにて全体の様子を把握することが求められるんだとか。

 なるほど、これを聞いて私は思う。私はバルコニーが好きなんだ、リーダーシップを持った人間なんだ。

 そんなことを考えていると、よく聞いたドラムのリズムが耳に入ってきた。

 お!!一番好きな曲だ!!

 バンドサウンドのめちゃくちゃカッコいいイントロに引きつけられるように、私は気づかぬうちにダンスフロアへの階段を少しずつ降りて行く。

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