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br0wnkinak0のルーツ part 7-1 色に素心もたせる

あなたは、「今日は〇〇色」がテーマになる日はありますか?

私は、ある。そして、思わない日もある。極端な気分を味わうのは、持っている服にときめかないからなのだろうか。それを検証する話題に。

素心とは。

意味は、飾らぬこころ。では、「素心もたせる」と謳ったのは何か。それは、自問自答があるかを問ったことばだ。

時間に追われながら、ひとは身支度をする。それが煩わしいひとも、楽しんでいるひともいる。そこに着目した目線だ。身支度には、洋服や化粧、小物と見渡す限りいろに囲まれる。むしろ、ひとは「いろによって」左右され、役になりきる。

私の似合ういろで集まった衣装ダンス。ベットから起き上がった自分。気分にあったいろを淡々と着て、慣れた動作に隠れた気持ちがこぼれる。似合ういろと、落ち着くいろの違いが浮かぶ。

色を視方に。

相手からみえる姿は、私。私からみえる姿は、自分。ならば、私を落ち着かせるいろに自分を乗せる。「色を視方に」する。どんな色を着るときは、どんな気分を味わうことが多いのかを調査する。相手を変えれば、私の立場も変わる。役者で在り続ける私を引き戻すのは、自分。されど、自分をおろそかにしてしまう瞬間は大いにある。むしろ、切り替えるタイミングは図れない。だから、置き換える。それが「いろ」に素心もたせること。

ひとは視覚を器用に扱う。多くの情報を視覚から取り込む。そこに面白みをもたらせた番組が正月の特番「格付けチェック」だ。大物ゲストからアイドルやお笑い芸人を呼び、参加者を引き立てるいじりをする司会者がいて成立する番組。私も、毎年かかさず見ている番組だ。間違いようがない食材と思っているのは、眼が確かだから。しかし、無敵の眼を隠されればこたえは見えなくなる。霧の中でなにかを掴もうと手を握ることと同じだ。

いろにどんな存在になって欲しいか? いろに意味をもたせる。

自分を喩えるなら、どこに。

私は、視覚と嗅覚がひとより優れている。耳も素晴らしいが、あえて「隠す」生活をしている。なぜ、感覚の強さを話しているのか。

もう一度繰り返す。相手からみえる姿は、私。私からみえる姿は、自分。だが、私はいまのことに集中し過ぎる。役者になりきる時間が多い分、自分に変える時間が少ない。自分を忘れると廃人。感覚が鈍くなる。戻るきっかけをいろに。香りに。喩えることによって、私は自分へ振り返る。呼吸をつく。目を閉じる。タイミングが切り替わる瞬間を無理やり作る。

好きなことが多いひとは、強みだ。自分をリラックスする空間作りがうまいからである。「これさえあれば」のブレーキーが押せる。日常は、アクセルの踏みっぱなしで故障する。趣味が多いことは、ブレーキの強弱を計るものさしになる。『オタクは気持ち悪い』のではなく、気持ち悪いと感じる自分が貧しいのだ。のめり込む瞬間、物事、自分が無邪気になる姿を知らないから感じることば。わたしは、気づけばそう感じるようになっていた。

あなたにも「オタクかもしれない」と思うものを探してみてください。

br0wnkinak0のコンセプトは、何を強みに。

まず、コンセプトは「自分を変えるスパイス香るアクセサリー」である。ひとは「自分」というモデルを軸として、組み合わせをデザインするプロデューサーであると考えた。アクセサリーを香水のように着用し、デザインや大きさによって、不思議と自分の姿が変わって見えた面白みを知ってもらいたい。と立ち上げた定義。

定義をより削り、導き出されたこたえは『自分の在り方をいろへ変化させ、私の魅力をスパイス香る姿へ喩えたアクセサリー』だと思う。本当の魅力の在り方は、どこにでも落とし込むことができる。

自分に正直。ひとに優しく。本当の強さとは、自慢じゃなく笑顔になれるか、が勝負だと言える。授かった名前の意味は十人十色だから。コンセプトから読み取れる思想だって、たくさんの考えがあっても良いと思う。

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