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10年経っても忘れない「伝わる言葉」

今からちょうど10年前、私は忘れられない瞬間に立ち会った。
それは
「”人に伝わる”というのはこういうことなんだ…」と、瞬間的に涙が溢れるほど心を揺さぶられた出来事だった。

そしてその出来事は、今までも、今も、きっとこれからも、ずっと私を支える指針のようなものになっている。

テレビ局で働いていた時、ある一人の女性を取材した。
フリーランスでウェディングプランナーをしているその方は、専属の会場を持たず、枠にとらわれない結婚式を新郎新婦と作り上げていた。

結婚式の会場となるのは新郎新婦の思い出の場所や好きな場所などで、
古民家やキャンプサイト、カフェなど多岐にわたっていた。
準備段階からとことん新郎新婦の思いに寄り添うその姿を私は心の底から素敵だと思い、取材をお願いしたのだった。

取材をさせていただいたのは、静かな湖の畔での結婚式だった。

撮影のためプランナーさんにはピンマイクをつけてもらい、私はプランナーさんの声が聞こえるように耳にイヤホンをつけていた。
あたたかな雰囲気で結婚式が進む中、新婦と新婦の父がバージンロードを共に歩く時が来た。我が家の父もそうだったのだが、緊張のためか、新婦の父が早歩きになっていた。

するとプランナーさんがさりげなくそっと駆け寄り、新婦の父にそっと優しくささやいた。その声が、私の耳にも優しく響いてきた。

「お父さん、娘さんと今まで歩んできた道です。
 ゆっくり味わってくださいね」


その声は優しく、心を包むようなトーンだった。

プランナーさんの言葉を聞いた新婦の父は、はっとしたような顔をした後、少し微笑み、ゆっくりゆっくりと歩を進めた。
それはまるで、小さい頃からの娘さんとの日々をお父さんが愛おしくひとつひとつ心から取り出しているような、そんな歩みだった。言葉は交わさないけれど、隣にいる娘さんと心で会話をしているような気さえした。

その姿を見た時、私は涙が止まらなくなった。
人の想いのある言葉が伝わった瞬間に立ち会えたことに、心が震えた。

こういう場面で、すっとこういう言葉をかけられる人は、そんなに多くはないのではないだろうか。きっと私はすっと出てこないと思った。
例えば「もっとゆっくり歩いていただいて…」とか、
「早すぎるので…」とか、表面的なことをまず声にだしてしまいそうな気がする。

「今まで歩んできた道です」


この言葉は、プランナーさんが何を見ているのか、何を大切にしているのかがよく分かる一言だった。そして「私もこんな言葉をかけられる人でありたい」と、プランナーさんの人としてのあり方に強く心惹かれたのだった。
生き方、あり方がその人の言葉を作るのだと思った。

さまざまな場面で誰かに声をかける時(自分自身に声をかける時も)、いつも私はプランナーさんのことを思い出す。その度に思うことは「生きている間に、私はどれだけ温度のある言葉を伝えられるだろう、生み出せるだろう。」ということ。そして、そこにこそ私の幸せがあるような気がしている。そんな風に思う時、10年の時を経た今も、プランナーさんの優しい声と言葉が耳に響くのだった。




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