見出し画像

いつか、お嫁に行く日

幼い頃の思い出は、悲しく彩られたものばかりではない。

わたしは第一子として生まれた。

弟や妹よりもはるかに多くのアルバムが残されていて、生まれたばかりの頃の1冊目のアルバムには、それはそれはたくさん、両親からのメッセージが残されている。

「パパからのメッセージ」の欄に、父はこう綴っている。

「ぴのこ、生まれてきてくれてありがとう。今からおまえが、いつかお嫁さんに行くことになって『お父さん、今までありがとう…』という日のことを想像すると涙が出る…とにかく、ぴのこ、大きく健康に育ってくれ!」

という、ちょっと親バカ丸出しな言葉。

でも大人になってこの文を読むたび、複雑で甘酸っぱい気持ちであふれるようになった。

想像の世界の中で、父と並んで何度も何度もバージンロードを歩いた。思い浮かべるだけで、出生直後に父が書いた拙い文を思い返して涙が出た。この日が来たら、わたしはどんな顔をして、父と腕を組んで歩くのだろう。泣いてるのだろうか。笑っているのだろうか。

いろいろな事情があって、父とのバージンロードは40歳を過ぎてからだった。どのきょうだいよりも遅かった。

最近の結婚式では、父と歩く前に「ベールダウン」の儀式がある。最後の花嫁の身支度として、母親にウェディングベールを顔にかかるよう、下ろしてもらうのである。

母のベールダウンでわたしは少し泣いたけれど、緊張して役目を果たそうとする母とは、目も合わなかった。

リハーサルもちゃんとしたのに、わたしの頭の中には何も残ってなかった。「ここで歩き始める、ここでストップ」という指示をすっかりわたしが忘れて、何度も腕を組んでいる父に引っ張られた。重たいドレスで歩くのは難しく、ドレスがヒールに巻き込まれる。父がドレスを踏む…。それでも感傷に浸って歩いていたら、父に腕をグッと引っ張られてストップさせられた。父から新郎にバトンタッチする場所すら、わたしは忘れていた。

いつかお嫁に行く日、バージンロードは涙で歩けないと思っていたのに、所作が難し過すぎて、わたしには、ハードルが高かった。残された写真のわたしは、どれも上の空で難しい顔をしている。

それでもその日、あんなに目を真っ赤にして泣く父を生まれてはじめて見た。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?