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「Pod は自身を修復しません」


 親友がいる。明るく、聡明で、美しい女性だ。
 何故私と一緒に居てくれるのかは分からないが、彼女のおかげで私の人生が賑やかなものになっていることは、間違いないだろう。
 正直なところ時折一人になりたいと思うこともあるのだけれども、それを差し引いても、彼女の存在はかけがえが無い。

 だから私は、彼女が死んでしまった回数をちゃんと覚えている。三度だ。
 家族以外の人間でも無いのにこんな風に人の死んだ回数を記憶している人は、今時珍しいかもしれない。けれどそれだけ、彼女の存在は私にとって大きい。

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 彼女が初めて死んでしまったのは、15歳の時だ。二人で花火をしていた。はしゃぎすぎてしまった彼女は、火の付け所を間違えて、顔に火傷を負ってしまった。

 やっちゃった、と青ざめた彼女を、私が慰めたことを覚えている。大丈夫だよ、死んじゃえば元通りなんだから。

 いつも自信に満ち溢れている彼女が不安そうな顔をしているのは、何だか面白かった。そしてそんな彼女を自分が勇気づけているのだと思うと、愉快でさえあった。

 その夜、彼女は Kuber-Nines へと送られた。
 翌朝、元の綺麗な顔をした彼女が戻ってきた。

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 二度目の死は唐突だった。23歳のとき、就職前の健康診断で彼女の体に異変が見つかったのだ。

 それは致命的なものでは無かった。けれども念の為、一度死ぬべきだと医師が判断したのだ。

 しかしいつも思うが、医師ほど楽な仕事は無いと思う。彼らは病気を取り除く術を持っているわけでは無い。ただ病気が見つかれば殺すことを判断し、見つからなければ判断しないだけだ。

 彼女は病院から Kuber-Nines へと送られた。
 その日の夜は、帰ってきた新しい彼女と一緒に、就職祝いのお寿司を食べた。

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 三度目は、私が殺した。と言っても間接的にだけれども。

 26歳の時、彼女は仕事に疲れ始めていた。

 「なんだか最近仕事が面白く無いんだ。周りの人はみんな良い人だし、何もかも問題ないのだけれども、なんというか、予定調和すぎて」

 そんな彼女のことを、私は真剣に心配した。
 だから私は、その場で Kuber-Nines に連絡した。「こんにちは、Kuber-Nines。可能であれば今から友人を殺してほしいんですが」

 そのとき、彼女は苦々しい顔をしながら、初めて抵抗を見せた。「まだ大丈夫だって」

 私は彼女のことをなだめようとしたが、結局それは叶わないまま、Kuber-Nines がやってきて、彼女のことを連れて行った。
 それに手を引かれながらも、彼女はまだ文句を言っていた。
 「まだ死ななくても大丈夫だって...」

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 そうして彼女は三度死んだのだ。

 何故そんなことを思い出しているのかと言えば、これから彼女に、四度目の死を迎えて貰おうと思っているからだ。

 きっかけは、彼女との口論だ。あまり私たちは喧嘩をしないのだけれども、今夜は妙に熱が入った。

 彼女は色々な罵詈雑言を投げかけてきたが、ついには私の人間性を否定するようなことを口にした。口にした後、彼女ははっとした顔になった。自分の犯した過ちに気づいたのだ。

 私は先ほどまでの激情も忘れ、落ち着いた気分になった。この口論における勝者が決まったからだ。敗北を悟った彼女は、無言で部屋を出て行く。


 何も悪いことをするわけじゃ無い。ただ、彼女の『人間としての欠陥』が見つかったから、それを報告するだけだ。これは市民の義務であり、それ以上でも以下でも無い。

 口論の熱も何処へやら、今は晴れやかささえ覚えるような気分だ。
 『欠陥』が是正された彼女と明日はどんな楽しいことをしようか。
 そんなことを考えていたら、どこか電話をかける手も軽い。

「こんにちは、Kuber-Nines。彼女に『Pod としての欠陥』が見つかったので、速やかに殺して頂けますか。ああ、明日は彼女と一緒に出かけたいので、出来れば『再生成』は明日の朝までにしてもらえると、助かります」


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 Kuber-Nines System では、クラスターと呼ばれる集合単位で社会を構築します。クラスターの構成要員は人間です。本システムにおいては、構成要員としての人間を Pod と呼称します。

 Kuber-Nines System は極めて高い統制機能を備えており、事前定義に従い、クラスターを常に完全な状態で管理することを可能とします。
 中でも特筆するべき機能は、障害耐性です。
 個クラスターに障害が発生した場合、Kuber-Nines はその障害原因となっている Pod を自動で検知し、新規 Pod と入れ替えます。この際、Pod は自身を修復しません。何故ならば、修復コストよりも再作成コストの方が低いからです。

 障害を起こした Pod からは障害箇所を除いたあらゆる情報を抽出し、新規 Pod へ移行します。そして新規 Pod は元の個クラスターへと戻され、個クラスターの障害が修復されます。この際、旧 Pod は破棄します。

(Goodle Grobal System / Kuber-Nines System 公式ドキュメントより)

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