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余命宣告を受けた母を巡る兄と私の物語〜激突編から得た気付き。

写真は、北海道の美瑛町 白金青い池(コバルトブルーの池:本人撮影

死を目前とした母の病室に来ようともしない、私とも話すことさえしようとしない兄と私は壮絶なバトルを繰り広げた。どうしてこんなにこじれてしまったのか?!母の死を通して私が気付いたことを書きます。これまでのお話しはこちら↓ 


母が亡くなるまで、ほとんど交流のなかった兄から今日も電話があった。
私は、兄から電話があることが素直に嬉しい♪ 兄妹で話すって普通のことなんだろうけど、私にとっては特別なことなのだ。これまで私は、なぜ兄が私を嫌い遠ざけるのか全く分からずにいた。


だいたい良く考えると、相手が自分のことを嫌ったり遠ざけたりするには必ず理由があるはずなのに、
そんな事を考えようともしてこなかった。
何もしないことが一番いいって思ってたけど、窮地に追い込まれ兄と向き合い始めたことで色んな事に気がついた。


兄は私を嫌っているわけじゃなくて、私が両親に可愛がられ頼られていることに、強烈な嫉妬とコンプレックスを持っていたのだ。そして、私を可愛がり頼りにする父と母を憎んでいたのかもしれない。


私にしてみれば、普通に振る舞っていたことが、兄にとっては鼻に付いたりすごく嫌なことだったんだな〜と気付いた。これは、同じような悩みを持つ知人と話したことでふと気付いたことだった。やっぱり、同じような悩みを持つ人と話すことって大切だなと感じる。


兄から疎まれることに、ず〜っと…なぜ??って悩んできた私。やっとここまでたどり着いた。

人って、自分に対して嫌な態度されたり暴言を吐かれたりすると、自分側の怒りの感情でいっぱいになって相手の心に目を向ける余裕なんてなくなる。私も何度か兄に怒りの鉄拳をぶつけた。

でも、なぜ相手がひどいことを言ったりしたりするのかということに目を向け考えると、そこには必ず理由があって、自分にも必ず原因がある。どんなことにも一方的にどちらかだけが悪いなんてことはない。そこに目を向けない限り、そして自分の反省がない限り希望の光は見えてこないと私は思っている。


確かに、母が病気の時の兄の態度はひどかったけど、私だって知らず知らずのうちに兄を傷つけてたんだなって気付いた。そして、兄自身もすごく苦しんでたんだと思った。私より苦しかったかもしれない。

兄が私を疎ましく思う原因に気がついたので、私は早速、自分が一歩引いて父に接するようにした。常に兄を立て、父にも「先に兄に相談してね」という風に。そしたら、兄との関係が良くなってきている。父にとっては、私が離れたようで寂しいことかもしれないけど、私が亡き母に捧げたいのは、家族皆んなで仲良くすること。その為だったら何だって出来る。スタンドプレーはいただけない。家族の関係もバランスが大事。


私の家族の再生物語は始まったばかりなのかも。がんばるぞ〜!!!と、

この時は心底そう思っていた私でしたが…そうはいかなかった。私の家族の問題は、相当、根が深かったようだ。でも、このとき感じていたこと気付いたことに間違いはない。

(※この後始まった想像を絶する長い戦いの話はまた別の章にて。大げさではなく、本当に韓国ドラマ顔負けの物語の始まりだったのです。)

悩んでることや、分からないことの答えが見つからず苦しんでいても、ある日突然その答えは降ってくる。謙虚に真摯に求めればいつか必ず答えは見つかる。さぁ〜与えられたくば求めましょう。

求めよさらば与えられん!!!

◆2013年11月27日の日記


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