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クロノス-君のそばにいたい龍の話-⑥ (最終話) 小瓶の行方

第1話 ハルイのユアン

第2話 moon-flower

第3話 記憶の中のショーン

第4話 被害者やじまに聞け

第5話  セントジョーンズワートのいつくしみ


第6話(最終話) 小瓶の行方

 ユアンの記憶の片隅に俺を置いて欲しいと願う微かな期待など、もはや箸にも棒にもかからないほど彼女は記憶からこの会社ごと抹消したいと思っている筈だ。
 あれから半年経って、あと一週間も経たないうちにユアンは最終日を迎えるというのに俺はまだアレを渡せてはいなかった。
 ユアンの国に付いて行って欲しかった、このポケットにしのばせている小瓶はこのまま俺の家で、机の上で、やがて放置され忘れられていくだろう。嫌なことを思い出させる役割しか果たせないなら、それもいいかもしれない。
 伝えることを完全に諦めた俺に、突然あのアロマのオーナーの声が聞こえてきた。

 -その言葉はきっと故郷に帰った彼女の心という芯に、ずっと暖かいともす。異国の淡い恋心を一生胸にいだいて生きていける-

 あの言葉、本当にそうだろうか。オーナーから言われた時は否定していたが、その言葉が少しの勇気になって響いた。
 だが彼女が一人になって渡せるようなチャンスは来ないまま最終日を迎えた。今日渡さなければ後がない。そんなことは分かっていても、やっぱり無理だ。
「ちょっと。安藤くん。」
 他ごとを考えていた俺に、戒めを浴びせるような声で突然青木場長じょうちょうが呼び出して言った。「人手が足りないから、ちょっとだけ倉庫の梱包を手伝って来て。終わったら、そのままこっちに戻って。一人じゃ無理だから、もう一人呼ぼう。」
「場長、誰が来てくれるんですか?」
 迎えに来た倉庫の担当者に、
 「ユアンちゃんと。安藤くん。」
声を張りながら場長が伝えた。

「ユアン、俺は君を忘れない。君は、俺にとって大切な人。」
「タイセトゥ…」
 初めて聞いた言葉ではないだろうが、思い出すまでに少し時間がかかったように首を傾げ
「アリガトウ、安藤サン。コレハ、ナンデスカ?」
 工場から少し離れた倉庫の梱包が終わって戻るまでの少しの距離を二人で歩きながら、聞き返してきたユアンに
「いい香りがするんだ。ちょっと瓶のフタ開けてみて。」
 香りを鼻の周りに拡散させるように軽く掌で迎えるようにあおいで見せた。
 拡散させた香りに反応したようにユアンの表情はすぐに明るくなって
「コレ、好キ。トテモイイ匂イスル。安藤サン、アリガトウ。私モ、忘レナイ、ヨ。ハルイノ家、イツカ遊ビニ来テ。」
と時々黒目を上にして、使える言葉を思い出しながら繋ぐように自分の胸に掌を当てた。そしてその掌を、今度は俺の方へ向けて言った。
-ワタシ、ハ
安藤サンノ、コト。
「タイセトゥ。」

 「今マデ皆サンニ、助ケテモライナガラ仕事、楽シカッタ。アリガトウゴザイマシタ。」
 最後の挨拶を全員の前ですると、ちょうど業務終了のベルが拍手と重なり見送られながら振り返らずにユアンは帰って行った。

 小瓶を渡すことも伝えることも一度は諦めていたのだから、大きな成果を欲しがっていたわけじゃない。それでもあの笑顔を見る事が出来たって事は、後悔のない結末だったと思えるだろう。
 この先、ユアンの家に遊びに行く事がなくても。
 きっともう二度と会うことはなくても。

 ショーンと俺は一緒にメシを食う機会が増えていた。待ち合わせで店も決めずに外へ出て今日はどこで食べるか決めようとすると
「茶碗蒸しがあるならどこでもいいぞ。」と既に和食限定の方向へ持っていこうとするから、半分以上いつもの店確定だが探してみているていでブラブラと横道に入っていく。月明かりに照らされた道を歩いていると、キッチンカーがいた交差点に差し掛かってアロマのオーナーを思い出しショーンにその店の名前やら特徴やらを話した。
「あの夜以降、その移動販売の車、見ないんだよな。まぁ、あの夜以降って言うか、あの夜以前も見た事ねぇんだけど。」
話しているうちに、そういえば…と気付く。「あの小瓶を手にしてから、いろいろな事が起こったな…。」
 小瓶を手にしてユアンに贈り物を渡したい、話がしたい、と願ったら叶ったわけだ。臨んだ方向性と合致していたワケではないが、もし願いが叶うアロマという事だったなら、それも面白いかもしれない。
「flowermoonなら5月の満月の呼び名だな。moon-flowerだと月に咲く花…ってとこか。思い出深き店があっという間に姿を消したなら同じ品物を手に入れようが無いな。そんなに気持ちのいいフットバスなら俺も体験してみたい気はするが、残念だな。あ、そうだ。」
 何かいいことでも思いついた様に顔を上げて
「店がないならお前がやればいんじゃね?その移動フットバス。それに他のやつが思いつかないような、なかなかセンスのいいギフトだと思うぜ、俺は。だからまぁ、そう寂しがるなよ」
 名案とばかりに思いついた商売を揚々と話すショーンはユアンの事も察知したらしい。「そんなに喜んでもらえたんなら渡せて良かったじゃないか。ユアンのことも、疑ったりして悪かったよ。」
 と珍しく反省の色を見せた。
「別に気にしちゃいねぇよ。お前が気にすることでもないさ。」
 ふいに持ち出された名前に、彼女ユアンのいない寂しさに気付いてないフリをするみたいに目をそらし素っ気なく言った。
「湿気たツラすんな。寂しいなら俺がメシでもおごってやるよ。」
 バン、と少々強めに俺の背中を叩いて覇気はきを出すみたいに音を鳴らす。「お前の人生のともせるヒトを今から見つけに行こうぜ。」
 満月に照らされたショーンの背中は羽が生えたように見えて、なんなら少し浮かんでるみたいに足運びも軽い。
 振り返ったショーンに
「俺の人生の灯を…おう。それ、いいね。」
 俺も乗り気になって言葉を返す。明るく照らされた街中の、その中でも一番明るい喜三郎までの道を歩き出した。

-終-

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