見出し画像

毒舌 「すっぽん三太夫」シリーズ 「役員が決まるまで記念写真は撮らせません! PTA  “軟禁方式”という事情と醜態」

 友人から怒りの電話が入ったのは4月上旬のことだった。お子さんが中学校に進学すると聞いていたので、その報告と思いきや、開口一番、怒り心頭の言葉が響いた。

「なんだありゃ。入学早々、あんな醜態をさらして教育もなにも、あったもんじゃないっ」

 三百六十五日、血圧が上がりっぱなしのこちらが常々は諌められる側だが、今度ばかりはこちらがなだめる珍しい展開となった。

 いつも冷静沈着で穏やかな性格の友人をそこまでに怒らせた〝事件〟は、案の定、中学校の入学式で起きたのである。

 現場は、関東近郊のとある高級住宅地を学区域に抱える、公立中学校の体育館である。

 校長式辞やPTA会長の挨拶が終わり、勤めのある親たちもホッとしようかというそのとき、ガラガラガラっと、体育館の後部で扉が〝閉まる〟音がする。

 式が終わり、残すは入学写真だけ。生徒や保護者の退席準備のために扉が開かれるのではなく閉められていく光景に、友人は不穏な気配を感じ取った。

 重い鉄扉を身体全体で押し閉めるPTA役員と思しき女性たちの背中には、懸命ささえうかがえた。

 もう終わるのに、なぜ急に閉めているのか―。

 不安は的中した。

「これより保護者の皆さまにはお子様のクラスごとに分かれて、PTAの役員を決めていただきます。PTAの役員が決まったクラスから記念写真を撮ります。役員が決まるまで記念写真は撮れませんのでご了承願います」

 閉められた扉の横には、出入りを許さないとばかりに、女性役員らが数人、立ちはだかっているではないか。

 入学式が終わり次第、職場に向かう親たちがほとんどだ。なにやらざわざわとし始めた。なかには、扉に向かいながら、制止されている親たちもいる。

 なんだ、この軟禁まがいの、入学式はっ―。

 いきり立った友人は、扉の前に仁王立ちしている背広姿の男に近づいた。先ほど入学式で挨拶したPTA会長様である。

「あなた、PTA会長として恥ずかしくないのか。いかに役員決めをするといったって、入学早々の子供たちの眼前で、こんな稚拙なやりかたでしか役員決めができない大人の醜態をさらして、子供たちにどう示しがつくっていうんだ」

 友人の怒気に気押されたのか、会長様がしどろもどろになっていると、左右から側用人よろしく女性役員らが加勢に現れた。

「こうしないと、PTAの役員が決まらないんです。どこもやっていることなんです。ご理解ください」

 なるほど、このPTA会長は婦人らに担がれているだけのようだ。もとより気が小さいのか、顔は若干、青みが増しているようにもうかがえた。

 友人はさらに畳みかけた。

「会長さん、最初から公平にクジでやるとか、いかようにもやりかたがあるだろう。入学式の写真を人質に、役員が決まるまでは体育館から一歩も出さないとか、そんなやり方をあなた、会長ならばどう思うんだ。どう思うんだっ」

 友人の押し殺した声に、会長の肩は小刻みに震え始め、さすがに取り巻き婦人たちも黙り込んだという。

「あなたもPTA会長を務めるほどの人間ならば、最近の風潮がとか、周りがどうとかではなく、あなたの見識をもって、こんなやり方は改めるべきだな。よく考えてみなさいっ。見識が疑われるっ」

 穏やかな友人にしては、見事な宣告であった。詳細を聞いた小生は、よくぞ言ってやったと、携帯電話のこちらから快哉の賛辞を送った。常々、女房の肩に手をかけただけで「疲れてるからっ触らないでっ」とどやされては嘆きの電話をかけてくる〝気のやさしい〟友人である。

 傍らでは、パイプ椅子で車座になった保護者らがまるで取り調べを受けているかのように沈黙し、案の定、役員が決まる気配などない。そもそも、専業主婦などほとんどいない夫婦共働きの時代に、日中、学校に詰めて作業するPTA役員を強要するなど無理な話である。

 親たちが軟禁状態にされての役員決めの傍ら、子供たちはずっと待たされたまま、立たされたまま、である。

 その昔から言われているように、PTAは任意団体である。加入の意思さえ確認せずに、役員決めとは笑止ではないか。さらに、入学式に参列した保護者を体育館に閉じ込め、子供との記念写真を「人質」とは、これを大人の愚行と呼ばずして何と呼ぼうか。こんな状況を学校現場で黙認し、看過する教育庁の見識やいかに―。

 友人から詳細を聞いた小生は、某教育庁に乗り込んだ。教育庁にはもちろん、任意の保護者団体であるPTA活動を指導する権限はない。だが、ある幹部はこうささやいた。

「やっぱりですか。いや、そのやり方が実は、都内や関東近郊だけでなく、全国的に広がっているようなんです。おっしゃる通り、虐めはダメ、人権教育だと謳う一方で、入学早々の子供たちに大人たちが軟禁まがいのやり方をみせていては示しがつきませんね」

「軟禁方式」は中学校のみならず小学校にまで浸透し、今や日本全国で「標準方式」とならんばかりだというではないか。

 後日、友人からの再びの電話があった。今度は一転して大変な悲壮感を帯びた声ではないか。

「実は、仕事でトラブっちゃって。まさかの展開だよ」

 友人はさるPR会社に勤めている。企業にPR活動の提案をし、仕事をもらうのだ。先日、ある超大手食品会社のコンペに出向いたという。顧客の広報部長と顔を合わせて息をのんだのだ。座っていたのは、よもや、のあの人だったのだ。

「あのPTA会長があそこの広報部長だったんだよ」

コンペの結果はむろん、言うまでもない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?