第三章・舞台を止めるな (5)

　三土の視線がチラシに釘付けになったのを見て、額は静かに口を開いた。
「そういうことで」
　額はA4サイズの冊子を手に席を立ち、三土の横に来るなりその本を目の前に置いて言った。
「君の出番だ」

　学園祭当日。第三演劇部の復活公演はSNS上や学内で大々的に宣伝されたものの、往時を遥かに下回る観客数となった。草石の脚本ではないこと、なによりも2年前の事件が記憶に新しかったのが原因だった。
「すいません先輩、せっかく本を書いていただいたのに……」
　楽屋代わりの教室、鏡の前に座って肩を落とす現役部員を、OBは慰めるように優しく語りかけた。
「気にすることはない、僕の力が草石先輩に及ばなかっただけだ。どんな状況であっても、本番が始まったら我々は芝居に集中すればいい」
「はい！」
　先輩の言葉が励みになったらしく、現役部員は俄かに明るい表情を取り戻した。一方で、発言の主は心中穏やかではなかった。2年前まさに目の前で先輩を拉致されたこと、今年に入ってからたびたび身の危険を感じたことが頭をよぎり、「今日は何かが起こる」という悪い予感に苛まれていた。

　脚本兼出演のOB、名を二階浪留一という。

　　　（続く）