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あの無愛想なウェイターさんはどこへ

近所に行きつけの美味しいカフェがあります。シナモンロールが抜群に美味しくて、休みの日に朝食を食べに行きます。

朝はいつも大柄で色白の男性ウェイターさんがいます。パートナーと初めて行った日、カフェを出ると顔を見合わせ「感じの悪いウェイターだったね」と言い合いました。可愛いカフェの雰囲気に似合わずなんとも無愛想な人なのです。

それでも美味しいので通い続けました。

ある日ひとりでお茶をしに行くと、テラス席でオーナーシェフのマダムとウェイターさんが2人で話をしています。なかなか大きな声で話しているので俄然気になり耳を澄まします。この時の会話を盗み聞きして以来、私はすっかりこのウェイターさんが好きになってしまいました。


オーナーマダム「いつも朝の準備がひと段落ついてスタッフみんなで一緒にコーヒーを飲むとき、あなただけ参加してくれないから気になっていたんだけど、、」

ウェイター「朝は時間がないので無理です」(キッパリ)

私(え、ええー!)

オーナーマダム「もしかしてもう辞めたいと思ってる?」

ウェイター「いえ、今はまだ辞めようとは思ってません」

オーナーマダム「そう、それなら良かった。みんなあなたのことが好きで仲良く働きたいって思ってるから。休憩時間、あなたにもみんなと一緒に会話に参加してほしいの。」


終始こんな会話なのです。このウェイターさん、なんだかストレート過ぎて面白い!オーナーに向かって、まだ辞めようとは思ってないです、なんてなかなか言えないと思います。それにちょっと社会に不適応なところに捨てておけない好感を持ちました。


以来、カフェに行くたびに好意的にウェイターさんのことを観察していると、無愛想なのは朝忙しくていっぱいいっぱいな時なのだなと分かってきました。
オレンジジュースを絞っている時やカウンターの掃除をしている時、声をかけるのがはばかれるくらいに集中しています。ひとつの作業に集中しているのときに、遮られると対応しにくいみたいです。基本的にお客さんの様子はあまり目に入っていないようで、そういう手際の良くないところには自分と似たものを感じます。
そう言えば私も学生の時に素敵なカフェでアルバイトをしたことがあります。1日目で「あなたの面倒は見られないわ、、」と言われクビになりました。
なんだかこのウェイターさんが他人とは思えなくなってきます。


時々カフェの外でオーナーマダムから叱られているウェイターさんを見かけることがありました。何があったのかは分かりませんが、どう考えてもウェイターさんは接客向きとは思えないので注意されることも、そりゃああるだろうなと思っていました。とは言えこのマダムはなかなか気が長くスタッフ想いのオーナーだと思います。



ある日パートナーとお茶しに行くと、珍しくウェイターさんが話しかけに来てくれました。先週カフェが5周年を迎えた日にイベントがあったのに来なかったねと言ってくれます。今週から夜の営業を始めることも教えてくれます。珍しく笑顔です。お茶を持って来てくれたあとは、テラス席で他のカフェのスタッフたちと一緒になってウェイターさんもお茶を飲んでいました。

帰りにパートナーと、今日はあのウェイターさんすこぶる機嫌が良かったねえ!と言いました。ところがこれがウェイターさんを見た最後の日になってしまいました。


それから何度かカフェに行っても毎回違う人がいて、いつものウェイターさんがいないなあと思っていました。
しばらくすると、若い愛想の良い男の子が毎朝いるようになりました。
そうか、あのウェイターさん、辞めちゃったのか。
なんとなくオーナーマダムに尋ねるタイミングを逃してしまい、彼がどこへ行ってしまったのか、聞かず終いになってしまっています。最後に見た日、なんだか機嫌が良かったから、円満退社だったらいいな。


新しいウェイターの男の子はとても感じが良くテキパキしていて、お会計をするときなんかお客さんと軽いジョークを飛ばすのもお手の物。他のスタッフやオーナーマダムともよく会話が弾んでいて、朝のカフェが一気に賑やかな雰囲気になりました。


10人カフェのオーナーがいたら9人はこの若い男の子の方を採用するだろうなと思います。でも私は、あの無愛想で個性的なウェイターさんを懐かしく思います。カフェのウェイターには絶対向いていなかった人だと思うのだけど、そこがなんだか味のある人でした。

この場所は自分にはあっていないなと思っている人も思われている人も、もしかしたらそんなところこそ他と違ってなんだか良いなと好感を持っている人がひとりは、周りにいるかもしれません。
そうであってほしいなと思います。




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