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Vison Proは、空間コンピュータだった――ここにある身体の延長のための装置となるか?

(Facebookと技哲サロンにポストした内容と同じです)

X(Twitter)で、発売当初にVison Pro体験したい、、という心の声をつぶやいていたら、実は、技哲ナイト!見ていますという、MESONのスタッフさんから連絡いただき、昨日、ついに体験させていただくことができました。MESONさんは、Vision Proアプリをすでにリリースしているスタートアップ。創業者のかじさんから、アップルがすごいゴーグル作ってるんすよ、そのためのアプリを開発してるんすって、数年前から聞いていたのですが、彼らの先見の明にリスペクトです。 評判通り操作性がすごくて、マウスの代わりはアイトラッキングとゴーグルの下についたカメラが手元を認識するので、つまむ動作でドラッグ、クリックできる。ああ、将来、これで仕事するんだなという感覚を強く覚えるので、Appleの戦略は成功じゃないでしょうか。

その結果どうなるか、「あ、まだこの操作はできないんだ(でもそのうち解消されるだろう)」「うん、解像度は低いがこれも時間の問題か」「あ、最初のiPhoneももさかったしな」という、今はこうだけど将来確実にこうなるという確信を持つことになります。そうすると、その確信がその未来をまた創造することになる。ビジョンがリアルに見えれば誰かが作りますし。

そして、稼ぎに稼いだマネーを、この開発にぶっこんだアップルのビジョンがVRじゃなくて「空間コンピュータ」であることが、またとても重要。 なにか、現実に近いヴァーチャルな世界に没入させることがVRの方向性として強かったけど、そうではないと。わたしたちの身体の延長にデジタルなものを再度、配置し直すための空間コンピュータなんだ、そういう感覚を強く覚えました。

終わった後に、メンバーの皆さまと議論させていただいたのだけど、彼らは、その意味を哲学的に捉え直そうとしていて(なのでお声かけていただいたのだけど)、VRは、シミュレーション仮説的な方向に向かうけど、空間コンピューティングは、むしろ現象学的な身体性や見え、さらには、存在の議論に向かうという話になったのだけど、メンバーの中に慶応の哲学の修士まででている人がいて、色んな意味で本気だなと思いました。

空間コンピュティングの理想的なあり方は、身体が、ここにあるまま延長するということなのかなと。どこかに行くのでなく。というのは、(Vison Pro含めて)没入型の装置は、すぐにどこかにもってかれることになるけれども、それは、むしろ使い手の自由を奪うものだと。そうではなく、このマシンは、身体からの延長感覚を維持したデザインを貫徹することで、身体性というものに付随する自由さや豊かさみたいなものを、空間コンピュータの中でも実現しようとしている、そうじゃないとしたら、そうなってほしい、さらには、そうなるべきだと。

ともかく、あれこれ考えたくなる装置でした。技哲ナイト!でも取り上げてあれこれ議論したいです。



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