coolの比較級は「more cool」!?
それほど話題にはなっていないが、英語関係で最近気になる投稿を見つけた。今回はこの投稿をきっかけに発見した書籍について真偽を検証してみたいと思う。
この投稿によると、coolは「涼しい」の意味なら比較級はcooler、「かっこいい」の意味なら比較級はmore coolになるという事らしい。しかしこの事に疑問を抱いた方も多かったようでツッコミが殺到していた(以下、それぞれをer型、more型と呼称する)。
投稿された方によると、どうやらこれは英語のライティング本に書かれていたという事だ。そして、それというのが今回紹介する書籍『英語ライティングこれ一冊: 英検・TOEFL・IELTSに共通する基礎』。
著者
著作は、日米英語学院にて英検、TOEFL、IELTS等の英語資格試験対策、英語4技能教育に長く携わる津村元司氏。津村氏は関西大学外国語教育学研究科外国語分析領域前期博士課程を首席で修了。英検一級所持。韓国語も堪能。
英文校閲は、日本でEFL教育、教材開発に長年携わるPaul Aaloe氏。Aaloe氏はカナダのSimon Fraser大学でカナダ研究専攻卒業。神戸YMCAランゲージセンター卒業。日本語能力試験1級所持。フランス語、スウェーデン語も堪能。
見解
仮に「"かっこいい"の意味なら比較級はmore coolになる」と書いてあるにしても、本書は著者が大学院卒である事、参考文献がかなり充実している事、英文校閲に外国籍の方が携わっているという事もあって、more coolという形が、そう使用されるのが合理的な文脈で提示されていて、且つ納得のいく解説があるものと私は考えていた。しかし実際に書籍を購入して解説を確認してみると、何とも不可思議な解説が書かれていた。百聞は一見に如かず。本書の該当部分を引用する。
この解説によると、英語の比較級でer型になるかmore型になるかは、使われる頻度や比較のしやすさが関係しており、「カッコいい」という意味のcoolは、「涼しい」という意味のcoolと比べて絶対的な比較が難しく、使用頻度も高くないため、coolerではなくmore coolとするという事だ。どうやら冒頭に紹介した投稿をした方が誤読して「『かっこいい』の意味ならmore cool」と言っていた訳ではないらしい。
著者の主張をまとめると以下の2点に集約される。
①coolは「涼しい」の意味なら比較級はcooler、「カッコいい」の意味なら比較級はmore cool
②比較がしやすく使用頻度が高ければer型、そうでなければmore型
私の知識が間違っていなければ、これは一般的な比較級の原則とは異なる。
一般的に知られる規則変化する比較級がer型とmore型のどちらになるかの判断については、『総合英語Forest』から引用する。
これによると、cool(/kuːl/)という語は1音節に該当するため、er型だと考えるのが一般的である。この他、er型とmore型が併用される形容詞や、接頭辞un-等の音節としてカウントしないもの、そもそも不規則変化する場合等もあるため、必ずしもこのルールに沿って使用されるとは限らないのだが、概ねこれが原則であると言ってよい。
しかしながら、coolのような本来er型の形容詞でも、実際の英語でmore型として使用される事は「ない事もない」。
以下、本来er型の形容詞でもmore型を使う例を紹介する。
これは同一人物内比較(more A than B, AというよりはBだ)と呼ばれるもので、高校英語の範囲内だ。
続いては高校英語の範囲外だが紹介しておく。
Quirkの解説によるとthanを伴っていれば、er型の形容詞もmore型で使われる事もあるという事だ。
またこの他、いくつかの形容詞をまとめて比較級にする場合として、以下のように書かれる事もある。
そして実際の使用例として、coolerの他に、ごく少数ながらmore coolの使用も確認できる。以下のNgram Viewerの統計情報は「涼しい」と「かっこいい」の意味での区別、個々の語法上の区別がされていないため、今回の検証において完全に適したものではないが、それでも現状more coolよりもcoolerの方が圧倒的に使用頻度が高いという使用状況にある。
結論
さて、ここまで世間で一般的に比較級はどのように形成されるのかを見てきたが、改めて書籍の記述に立ち戻ろう。
①については、同じ単語でも、その文脈で単語の意味が異なれば比較級も異なるという使用傾向は確認できない。coolerではなくmore coolを使う場面自体は少なからずあるが、大抵は前後の文構造が原因、文章の形式を揃えるという目的で起きるものであって、「涼しい」「カッコいい」のような意味の違いよって起こる訳ではない。
②については、単語がer型とmore型にどちらになるかは、その単語の持つ音節数によって決まる事が殆どであり、概念としての比較しやすさや使用頻度によって決まる訳ではない。
従って、特別な意図がない限りはToday, some school uniforms are cooler than casual clothes.のように書くのが普通だろう。
以上の事から、「coolは「涼しい」の意味ならcoolerですが、カッコいいという意味ならmore coolになります」という本書の解説は、極めてミスリーディングな記述と言って差し支えないと思われる。
ここまで本書のcoolにまつわる記述について私なりに考察してきたが、more coolに限らず、本書にはソース不明で不可解な記述、書籍として作り込みが甘いと言わざるを得ない部分がいくつか見られる。全体としては、英検(既に古いものとなっているだろうが)やIELTS等でのライティング問題での基本的な考え方、論理の立て方等が詳細に説明されているだけに残念だ。とはいえ、一部を修正し、最新の試験にも対応した改訂版等が今後出るとしたら、期待が持てる一冊とも言える。
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