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英会話講師まさ氏の『新・ネイティブから教わった英語フレーズ250』を読む


はじめに

本記事では、英会話講師まさ氏が2023/11/13に無料配布を開始したスライド『新・ネイティブフレーズ250』のツッコミ所を見ていく。

本フレーズ集は、まさ氏が自身の勤める英会話教室の同僚、上司の英語ネイティブスピーカーから伝授した「加工されていない生の英語表現」をスライド計50枚にまとめたものである。スライドには1枚あたり5つの英語フレーズ、それに対応する和訳が記載されており、合計で250のフレーズがある計算になる。配布の3日前には「学校では学べないフレーズ盛りだくさん。あなたを教科書英語の外側に連れていきます」と告知していた。

フレーズではないもの

本フレーズ集は、「フレーズ集」と名乗っているものの、そもそもフレーズになっていないものが多く含まれる。フレーズとは即ち「句」の事だが、以下、『現代英文法講義』より句の定義を確認しておく。

二つ以上の語が集まって一つの品詞の働きをし、「主部+述部」の形式を備えていないものを句(phrase)と言う。

安藤貞雄『現代英文法講義』開拓社, 2005, p4, 1.2.4

つまり、単語1語だけでは「句」ではなく「語」と扱うのが一般的だという事だ。なお、生成文法の文脈では、単語1語だけでも「句(phrase)」と表現する場合もあるが、今回は単に一般的な語学学習の文脈である事が明白である為、本記事では上記の定義に従いたい。

そして本フレーズ集250の中で「フレーズ」とは呼べない単語1語のみのものは以下の示す通り計47個あった。

“p”はページ数を指し1~50まである

因みに、本フレーズ集の項目の殆どは、word、phrase、sentenceの区別なく先頭の語の文字を大文字にしているが、sentenceでない場合は小文字で表記する方が一般的である。
続いて、細かな違和感を指摘していきたい。

誤植

まずは誤植レベルのものとしては、以下のものがあった。
①Principle 校長 p29
②Don’t be so hash on you 自分に厳しくしないで p38
③Preffered language 得意な言語 p24
④Residental area 住宅街 p41

訂正例としてはそれぞれ
①はPrinciple 校長principle 原則principal 校長
②はhashharsh
③はPrefferedpreferred
④はResidentalresidential
である。

ツッコミ

続いて、紹介の仕方に疑問を感じるものを列挙していく。
①I hope my voice holds up 声耐えれるといいな p10
文脈を一切提供される事なく、この日本語だけを読んで状況がピンとくる人がどの程度いるのか疑問である。果たして「声が耐えれる」とは……。
恐らく状況としては、叫ぶなり歌うなりして本来声が枯れそうなものの、実際にはまだ声が出せるという状態を示しているのだと思われる。より自然な日本語に言い換えれば、「まだ声が枯れずにいると良いな」という感じだろうか。本フレーズ集全体に言えることだが、例文が一切無い為、日本語だけでは意味を捉えづらい事が多々ある。①の例文として、以下を示しておく。
I’ve been singing for hours, but I hope my voice holds up.
数時間歌い続けているが、まだ声が(枯れることなく)もつといいな。

②I’m newbie 新入り p31
不定冠詞が無い。I’m a newbie.とすべきだろう。

③Do you go much there? よくそこにいく? P6
これ自体が誤りという訳ではないかもしれないが、一般的にはDo you go there much?の方がより自然ではないかと思う。
以下、Ngram Viewerでgo there much,go much there,went there much,went much thereを比較した。go much thereも少なからず確認できるが、went much thereは確認できなかった。

④Do you happen to A ひょっとしてA? p12
これの問題点はAの品詞がスライドから一切読み取れない点である。まさ氏は過去のツイートで"Did you happen to see A ?"という例文を出している事、「ひょっとして」という和訳をつけている事から、Aに当てはまる語は動詞だと推測できるが、このスライドだけでは学習者にはAに入る品詞が何なのか判断できない。
また、What happned to Suzy? (スージーの身に何が起きたんだ?)
というように、"happen to A"のAの部分に名詞句が入る語法も存在する。そして場合によっては、このtoは不定詞のtoなのか、前置詞のtoなのか、根本的な解説も必要だろう。その点を明記しておかなければ余りに不親切。

⑤I don’t think I am anymore もう違いけどね p7
これはフレーズではなくである上、「もう違いけどね」は誤植と思われるが、それはさて置く。この文自体も恐らくは全く誤りではないと思うが、かなり文脈に依存した文なのではないかと思うので、これを1つの「フレーズ」として覚える事で学習者に役立つかというと何とも言えない。
この文が使えるような状況を考えてみた。
I used to be an avid reader of that magazine, but I don’t think I am (a reader) anymore.
私はその雑誌のファンだったけど、今はもう違うかな。
You and I were mischievous troublemakers, but I don't think I am (a troublemaker) anymore.
私たちはいたずら好きのトラブルメーカーだったが、私の方はもう違うと思う。

⑥One day at a time 1日ずつ p1
この英語フレーズと和訳で問題ないと考える人もいるだろうが、個人的にはやや違和感があったので紹介しておく。逐語的には「1回につき1日」という事なので、要するに「1日ずつ」と言う事ではあるのだが、成句としては「1日」という具体的な時間を指すとは限らない。ジーニアス英和辞典では “take it one day at a time”(将来のことはさておいてその日のことだけを考える)、オックスフォード現代英英辞典では“to not think about what will happen in the future(将来起こる事について考えない)”とあり、必ずしも「1日ずつ」という訳が適切とは限らない。従って和訳としては「1日ずつ」ではなく「少しずつ、徐々に」等の方が適切だと考える。

⑦Open-mind person 優しい人 p22
-edをつけてopen-minded personとするのが正しい。

⑧Pieces by pieces 少しずつ p18
複数形ではなくpiece by pieceと単数形にする方が一般的と思われる。

⑨Sound like cold, but 冷たく聞こえるかもだけど p14
soundは第二文型を取る動詞の為、言うとしたら“sound cold, but…”が適切だと思う。

被り

被りについては、今回のフレーズ集には以下1組の被りのみが確認できた。前回のフレーズ集には被りが30組あった事を考えると、この点は大きく改善したと言える。
What’s going on? どうしたの? P9
What’s going on? どうしたの? P24

見解

以上で英会話講師まさ氏の『新・ネイティブフレーズ250』へのツッコミを終えるが、以下見解を書く。
前回と比べて、250選の中の被りが大幅に減った事で、内容量は前回のフレーズ集より実質1.2倍に増えたと言え、その点は素晴らしいと思った。誤植も決して多くなかったし、前回よりクオリティが高かったのは間違いない。しかし、告知通り「学校では学べない生の英語」「あなたを教科書英語の外側へ連れて」いく事ができたかというと甚だ疑問である。確かに中学・高校では取り扱われていなさそうな表現もあったが、例文も解説も一切無く、教材として極めて解像度が低い。また、本フレーズ集の中には“What’s going on?”や“What’s up?”といった、教科書に載っている可能性が極めて高いフレーズ、agricultureやartificial、taxといった高校レベルでも普通に取り扱われる単語も紹介している。この事から、まさ氏はそもそも教科書英語というものの理解がそれ程深くないのではないかとさえ思う。ツイートによると、まさ氏が英語講師として働き始めたのは今年度からとの事で、まだまだ講師経験や教材研究が十分でない所もあるのかもしれない。今後に期待したい。

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