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家族への諦め

 熱は平熱+0.3~0.5度くらいまで下がっている。
昨日はほとんど眠れなかったので、日中に睡眠を取った。
起きてヨーグルトを少し食べ、夜ご飯も少量ながら食べることができた。
空腹は感じないが、食べられないわけでもないらしい。
スポーツ飲料を飲み、寝て、漫画を読んで、音楽を聴いて、過ごしている。

 昨日の夜に限らず、ここ数日は不眠症がひどい。
昨日は発熱のためか、熱帯夜だというのにクーラーも扇風機も寒く感じた。
なにもつけず閉め切っていては湿度が高まり寝苦しいので、部屋の扉を少し開けていたのだが、寝静まった夜にテレビの音が聞こえてきた。
犯人は弟だ。
好き勝手飲み歩き、ウイルスを持ち帰ってきた弟だ。
陽性だと判定され、自室で隔離されているはずの。
いくら無責任で能天気な奴でも、感染すれば自らの行いの愚かさに気が付くと思っていた。
それなのに、部屋を出てリビングで呑気にテレビを観ている。
この腹立たしさを表現できない。
どこまで自分勝手な行動を取れば気が済むのか。
コロナウイルスで人は死ぬ。
お前は人殺しウイルスを家庭に持ち込んだばかりか、それを撒き散らしている。
これだけ注意喚起されていながら「どうせ感染しないだろう」と高を括り。
今度は「どうせ重症化しないだろう」か?
自分の肉親がここまで馬鹿なことに、悲しくなってきた。

 こんなにストレスを溜めるくらいなら、直接言えばいいと思われるだろう。
しかし、私にはそれが出来ない。怒り方が分からない。
3年前にうつ病を患ってからというもの、他者との接し方が分からなくなった。
これだけ怒っていてもなお「もし急変して生死の境をさまようことになったら、今日のテレビくらいはゆるした方がいいのだろうか」という考えが頭をよぎった。
「怒る」というのは、本当に難しい。
頭の中では弟を罵倒する言葉ばかりが浮かぶ。

 朝インターホンが鳴った。
父親は足を痛め、立つのもやっとの状態だ。
玄関まで到達するのに相当の時間を要してしまう。
母は寝室で寝ている。
弟は感染者、私は濃厚接触者で発熱。
マンションには宅配ボックスが設置されているので、後で好きな時に受け取ることができる。
普通に考えれば無視して宅配ボックスに入れてもらう方を選ぶだろうに、あろうことか父親はインターホンに出た。
そして、弟に「悪いけど出てくれる?」と頼んだ。
本当に、この家の男はどうしてこうも頭が狂っているのだ。
コロナウイルスの存在を知らないのか?
なぜ今家族全員が自宅待機しているか、分からないのか?
当たり前に承諾した弟に部屋へ戻るよう言いつけ、私が荷物を受け取った。
父親に弟を他人と接触させないよう注意したが、言われなければ分からないのが悲しい。
私は発熱と頭痛に加え、喉の閉塞感を感じた。息が苦しい。
過呼吸で手足の感覚を失ったことがあるので、まずは手足の指を動かした。
大丈夫。ちゃんと自分の意思で動かせる。
続いて出来るだけゆっくり息を吸うことを心掛けた。
様子を見にきてくれた母の助言で身体を横に向けて寝てみると、少しばかり息がしやすい。
過呼吸で死ぬことはない。死にそうにつらくても死なない。
これが過呼吸であれば、だが。
快方に向かっている弟より、私の方が一気に病状が悪化してしまうのだろうか。
いきなり呼吸困難になってしまうのだろうか。
自分の身体に対する不安が消えない。

 そのまま眠りにつき、起きた時には閉塞感が消えていた。
熱は下がり、頭痛と喉の痛み、倦怠感が残っている。
どうして私がこんな思いをしなければならないのか。
それは弟が体調を崩してからずっと頭にある疑問だ。
しかし、考えても仕方がない。
何度も何度も弟の自分勝手な行動に心を滅茶苦茶にされた結果、考えるのをやめるのが最善なのだという結論に至った。
なぜあんなにも無責任なのか。
この期に及んでまだ状況を理解できないのはなぜなのか。
世の中にはどうしたって分かり合えない人がいて、彼も私にとってそういう人間なのだと思うことにした。
実際、今回のことを巡る彼の行動に対し、理解や同情なんて微塵もできない。
私は向き合うことを諦めた。

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