『月ノさんのノート』の雑多な感想

『月ノさんのノート』の雑多な感想

まず最初に。
読んだ時点では頭ン中で共感・ツッコミ・別意見など多々生成していたが、時間が多少経っているので鮮度と精度が落ちる可能性はご容赦ください。

えー、パッと思い出して一番思うのはやはり、生死観の類いか。
委員長の生死観に関しては以前から(というか割と最初期の)配信で聞き及んではいたのだが。
一言で言ってかなーり私の生死観と近い、というかリンクするモノを感じる。
むしろ今まで私が色々な場所で見聞きしてきた生死観はどれも一致しないというか、「わかりはするがズレはある」止まりのモノばかりだった。
記憶を辿って一番近しい感性だと、藤沢とおるの超有名漫画『GTO』に登場するキャラ神崎麗美によるモノか。

あっやべ!神崎麗美の名前調べてたらイラストとか見ちゃうじゃん!うわ〜懐かし……じゃなかった、話が逸れるじゃねーか(これがインターネットなんだよなぁ・・・)。

まぁさて置き。
ちょっとGTO内のひとシーンだけ持ち出すのでネタバレを嫌煙するなら飛ばしてください。

色々あって主人公の鬼塚が麗美をバイクの後ろに乗っけて連れ出す、みたいなシーンがあるのだが。
この時に麗美が「人間なんて死んだらただのタンパク質の塊になる」みたいな事を言うのだ。
そう、これこそが言ってしまえば私の生死観なのである。
……いや正確にはもう少しあるが。

若干の(いや結構かも)差異として麗美は恐らく死に対しての恐怖はさほど感じておらず、その上でIQがクソ高いという設定通り中々に達観した上での"タンパク質"発言だと認識している。
が、私は麗美同様『人間は死んだらただのでけぇタンパク質になる』とは思っているが(委員長の場合は"その辺のコップ"扱い)、それがものすごくたまらなくとてつもなく、恐い。
怖いというより恐い、恐ろしい。
死という概念がすごく、こわい。

話がややGTO軸になったので戻します。
この『死=生命体→即物体化』の感覚を持ちながらも、そこに異様に恐怖心を抱く辺りが委員長の生死観と私の生死観のリンクだと感じている。

えぇと、どこまで書いたっけ……。
以前、死に対する無情なる恐怖を抱いて生きる私は、
いやちょっと待ってくれ一旦、めっちゃ死ぬの恐い人みたいになってるけどちゃんと普通に生活はできてるからね!?
あの、つまり『死』について考えた時にめっちゃ恐くなるだけで常に死を見つめてるわけではないのでそこは安心してよ!?
で、以前ね、ある本がテレビ等で話題になっていた時期があった。
『死の壁』なるタイトルを冠したその本は、どうやら「これを読めば死の恐怖が薄れる」みたいなコンセプトらしかった。
私はすぐにその本を手に取った。
読んだ。
内容は理解した、話も普通に興味深いものだった。

が。
いやいや!死に対する恐怖、1ミリも薄れてませんやん!
要は『死の壁』の中で語られる死の概念とは所謂"社会的な人間"としての"死"に対しての緩和を目的としたものであり、もっと本質的な……生物的な"死"をイメージする私の恐怖とはまるで別種だった。
だから私の『死の壁』の感想は「興味深い内容で得る物こそあったが、死の恐怖に変化はなかった」となる。

あれこれ『月ノさんのノート』の感想書いてたよな?あれ?
ともあれ(何がともあれだよ…)、感想第一弾は「月ノ美兎の生死観ほど私の生死観に近い人に今まで出会った事がないぜ」というモノでした。
割とただの自分語りになってた感マシマシではありますが、一旦この辺で区切りとさせて頂きます。


(ま、委員長「リスナーの自分語りは結構好き」って確か言ってたしこれでいいか……。一応、本来月ノ美兎宛のメールアドレスがあった頃だったら本人にだけぶん投げてた(本人をなんだと思ってるんだ)ような文なので、もし他の暇な……じゃなかった"人生に余裕のある"方が読まれて得る物があるかは不明です。こんなとこまで読んでくれた方がいるなら割とマジで感謝を捧げます。あとやっぱり今も死は恐いので、私は明日も生きます。アディオス!)

備考
・全文自分で読み返して思ったことは「書き方が月ノ美兎に寄ってる気がする(私は直近の記憶に影響されやすい、例:銃撃つ映画見たらめっちゃ銃撃ちたくなる等)」。
・感想第一弾とか書いてるが第二弾以降があるかは未定。
・これを書いたのは21/03/14夜で、きっかけは委員長の「ネットに放流した感想は見てる」とのツイートを見て興が乗ったから(強キャラ)。
・マジで今思い出したけど、そういえば以前委員長が配信で生死観を語った時に似たような内容をメールで送ったはずなので、重複……いや〝リバイバル〟になっとるやんけ!

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