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足りないのはアクティブかもしれない

わたしが、どうあればいいのだろうと考える時、実際に先人から教えていただいた時期を思い出します。

刺繍を森山多喜子先生の教室で習っていたのは、2003年頃。出産間際まで習っていました。

本来、わたしは編み物の人間なので刺繍が下手でも構わないのですが、当時「あの森山先生が教室開いてる!」隣の教室だったんですね。それで無理矢理スケジュール空けて、入れてもらいました。

森山先生は本当にアクティブな方で、昔の作品を「恥ずかしいからお話しないで。若かったのよ」と言われたり、グループで刺繍をされていた方たちが作っていた大型タペストリーに、ど新人(入ったばかりですが…)を入れようとしたりとか、度肝を抜かれてばかりでした。

最初に針と糸の使い方習ってる横で、樹木って題目で図案書いてきて(しかも30センチくらい)って言われました。。まともに刺繍出来ないから教室入ったのに。

刺繍の技法にもこだわりがあって、べったり同じ技法で埋めるとほどいて直して、って感じでしたね。
わたしも最初出したタペストリーはやり直しだったわ。

刺した刺繍をやり直しでほどく、って初心者は抵抗あると思いますが、編み物も刺繍もやり直しが出来ます。やり直した方がいいものが出来る。

リズムよく、奥行きがわかるようにとか、本に書いてある言葉に全くない概念をよくおっしゃってたと思います。テキスト通りのことと、自由刺繍みたいなのを同時にしていました。新人4人くらいいたんですが、みんな逃げ出してしまい、最終的に残ったのはわたしだけ。

そのわたしも、妊娠中毒症で途中リタイヤしてしまいましたが、基本と応用、スピリット、とにかく学ぶことが多かった。少しだけでしたが、行けて良かったと思います。

自由図案の許可を得て刺した刺繍。お題はロングアンドショートステッチ。

あの頃のエネルギーはもっとギラギラしてて、誰の指導受けたからどう、とか言う以前に、刺繍したいと思ったらすぐパリに行って学んできちゃう。

当時も秋にパリツアーやってたしね。募集かけてたよ。
勢いがあると、もう人を集めるとかそんなん考えてなくて、たった一人でも行ってただろう。

よく古い本に刺繍やイラストがあるんですが、昔って刺繍家が作詞したりとか、ぬいぐるみ作家が有名な歌作ったりなんてよくあった。イラスト描いてる人が刺繍作家だったり、編み物デザイナーだったり。ジャンル?何それ?です。

やりたい!のエネルギーが世間を動かすレベルだった。

先生は当時の本に「刺繍って専用の布に刺すだけじゃなくて、服に刺したら、こんなに楽しくなる」って書いてたけど、1965年くらいのエピソードです。のちに服に刺繍した本を出してブームになりました。

手芸って革命起こせるもの。子供服だけのものじゃない。ファッションの先端のアバンギャルドな子たちが刺繍した服を着る。「愛の刺繍」恋人たちの言葉が、シーンが、刺繍になる、という斬新な物語。絵も詩も書いてなかったか?

いまはハンドメイドって趣味ですか、ショップで売るんですか、みたいなイメージだと思いますが、当時は漫画などと同じ、時代を斬るものだったのよ。

で、わたしも色々してて、編み物も刺繍も裁縫もやってて、イラストも描いて、なんなら昔は詩も書いてたよ?絵本もゲームも作ったよ。でも時代切り裂くところまでは行けなかったなあ。だからまだ諦められないんだよ。

今あんな風にアクティブにやろうとしても、家族に止められる。
確実に成功すること以外には魂を注ぐなと言う。そんなもの、ないよ。

作りたい理由は生きたいって言ってるのと同じだ。

魂が体を揺さぶってくるんだ。その強い衝動を、作品に変えることが出来なかったら、病んでしまったじゃないか。

最近の若い子はそんな人はいなくなってしまったのか。著書を持ってる人の大半は、本じゃ読み取れない程のエネルギー持ってる。だから、会いに行ったんだ。
いち作品のエピソードがハンパないのだ。それは、本やネットでは伝わらない。

だから、イベントがあれば、今も行く。エピソードはやはり、人かその魂のこもった作品からしか、読み取れない。

2018年に、再生された生地に刺繍をした展示会を開いていたと聞きました。時代がやっと追いついたのか。

刺繍が出来ると編み物のデザインに幅が広がる

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