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2012年2月、バルセロナ。スペイン人とのデュエルを制した夜

iPhoneの画面はサッカーフィールド、アプリは選手たち。

そんな空想をするとしたら、僕のチームの要になるボランチはやっぱりTwitterだろう。Instagramは華やかなプレーが魅力のファンタジスタ、最後尾には守護神YouTubeがフルタイム出場を続けている。さらに今シーズンは、ルーキーのClubhouseが台頭し、stand.fmやSpotifyと熾烈なスタメン争いを繰り広げている。

いやぁ、スタメンはSNSばかりだな。そんな中、ここ数年控えに甘んじているのがベテランのFacebookだ。昔はエース格の選手だった。

しかし先日、Facebookに久しぶりに場機会を与えてみると、なんともミラクルなプレーを披露した。

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「過去の自分の投稿」を表示するFacebook特有の機能だ。「黒歴史呼び覚ましシステム」と呼んでいる。

iPhoneの画面に映し出されたのは、9年前の2月20日、バルセロナのホームスタジアム・カンプノウを訪れた自分である。

うん。ダブルピースが最強にダサい。観光客丸出し、ダサい。首に巻いたバルサのタオルマフラーはダサくはないが、僕はどちらかといえばレアル・マドリード派だ。この写真が黒歴史であることは間違いない。しかし、コロナ禍で海外どころか国内への旅行も失った令和3年の現在、当時の記憶を呼び起こすには、十分な一枚だった。

25歳・無職の欧州サッカー旅

2012年2月といえば、前年の夏に新卒入社した会社を退職し、4月から新聞社で働く直前の冬。ようするに無職だ。貯金を切り崩しヨーロッパを巡っていた。学生時代の後輩たちの卒業旅行にも日程を合わせ、男3人。全員サッカー好きだったため、1ヶ月弱の間にいくつかの試合を現地で観戦していた。

では、2012年2月20日(現地は19日)のバルセロナはどんな試合だったのか。結論を述べると、ホーム・カンプノウに強豪バレンシアを迎え、5-1の快勝。24歳のメッシが4得点を挙げていた。

「メッシの4得点」は目に焼き付いている。この年、3年連続のバロンドール受賞を果たす彼のプレーを見るのは、旅のメインディシュでもあった。

しかし、試合終了から数十分後、この日の「一番の思い出」は上書きされることになる。

歓喜に沸き立つ夜のカンプノウ

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夜、試合を終えたばかりのスタジアム周辺は歓喜に包まれていた。バレンシア戦といえばリーグ屈指の好カード。さらにバルセロナは前節オサスナ戦で黒星を喫ししていた。そこからの5−1である。

日本よりオレンジ色が強めの街灯が、スタジアム最寄駅への帰り道を勝利パレードのように彩る。メッシの4得点を目撃し、気分を良くした僕ら日本人男性3人も、バルセロニスタの行進の中にいた。

ふと、正面から2人組のスペイン人がやってきた。若い頃のセルヒオ・ラモスと、やつれたイケル・カシージャスみたいな2人組だ。いや、長髪と短髪のコンビだっただけかもしれない。ここでは分かりやすく偽セルヒオ・ラモスと細イケル・カシージャスと名付けよう。

2人もバルセロナの勝利に興奮した様子だった。「Oh〜、ジャポニーズ!イェー!」とこちらに向かって手を上げている。

「お、日本好きなスペイン人なのかな」。僕は偽セルヒオ・ラモスと自然にハイタッチし、軽くハグを始めていた。

次の瞬間、僕のジーンズの右ポケットにモゾッとした感覚が走った。


「やばい、スリだ!」

絶対に負けられない戦い

サッカーは「判断」のスポーツだ。コンマ何秒の間に状況を読み取り、最善のプレーを選ばなければならない。

僕は瞬間的に、ハグしていた体を離し、偽セルヒオ・ラモスの左手に目をやった。そこには紛れもなく僕のiPhone4が握られていた。

「日本人のプレーにはズル賢さが足りない」と言われる。相手に決定的なチャンスが訪れそうな時は、故意にファウルしてでも止めるのがワールド・スタンダードだ。

僕は、ターンして走り出そうとする偽セルヒオ・ラモスの脇腹めがけて、思い切りタックルを見舞った。今ここを突破されたら戦況はかなり厳くなるはず。こういうのを「戦術的ファウル」と呼ぶのだろう。

「日本人はボディコンタクトが弱い」と海外メディアに叩かれることがある。いやいや、舐めてもらっては困る。イタリアでは、強靭なフィジカルを武器に名門インテルのサイドに君臨する長友佑都がいる。なによりも僕らは"フィジカルモンスター"中田英寿に憧れ、ボールを蹴っていた世代だ。

イエローカード覚悟のタックルに、倒れ込むスペイン人。アスファルトに転がったiPhone4を拾い上げた僕は、その背中に唾を吐き付けた。

「日本人はあまりにも綺麗にサッカーをしようとする」。ヨーロッパか南米かのレジェンドが、そう苦言を呈する姿を見たことがある。たしかにそうかもしれない。だから鹿島時代のジーコが、相手PKの際にボールに唾を吐いたシーンに驚いたもんだ。

かくして僕は、カンプノウ(の外)で繰り広げられた熾烈な1対1を制し、iPhone4と日本人のプライドを守った。

スリに遭う…ほどじゃなくていいので、リアルを感じたい

かつて守りぬいたiPhone4は9年後、iPhone11になった。“スタメン”に名を連ねるアプリはSNSが多い。自宅のソファに寝そべりながら、あらゆる情報に触れることができ、さまざまな人とサッカー談義に興じることもできる。国内外関係なく飛び越えられる。

でも、ぜんぜん物足りない。試合を観るのも、人に会うのも「生」がいい。

2021年2月、Jリーグが開幕する。昨年はついに、スタジアムに足を運ばないまま終わった。そんな年はここ10年で初めてだった。

今年は必ずスタジアムに行こう。国内で十分だ。旅とは呼べないような近くのスタジアムでいいし、スリに遭うような事件が起きなくたっていい。刺激が欲しくなった時は、ダブルピースで写真を撮ってSNSに上げておこう。

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