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気になるアレ

お前んちのとーちゃん、いっつもいないな。
ちゃんと仕事してんのか?
来週の作文、なんて書くんだよ。
「お父さんのしごと」だぞ。
こないだウチのかーちゃんが、お前んちのとーちゃんが真っ黒に汚れたかっこうで歩いてたって言ってたぞ。
どこで何してんのかしらって言ってたぞ。
ウチのとーちゃんはな、さかな、いっぱいとってくるんだ。すげーだろ。
とーちゃんが帰ってきたらな、さかなまつりだ。
オレはハンバーグが好きだけど、とーちゃんのさかなは“べっかく”にうまいんだ。


ウチのとーちゃんは、ウチのとーちゃんは…


うまく言い返せない。
なんだろ。とーちゃんは何のしごとしてるんだろ。


なあ、とーちゃん。

なんだ?


・・・・・・・・

どーした?
なんだよ?


・・・・・・・・
とーちゃんは、しごと、してるのか?


とーちゃんは目をまんまるくして、止まってしまった。息をするのも忘れてるようだった。
ものすごい、どなられるかも、とおしりがぎゅっと固くなった。


だって、とーちゃんは、いつもいないし、
帰ってくると、なんか、まっくろになってるし、
その、・・・・・・・・


とーちゃんが持っているビールのグラスがふるふると揺れているのが目の端っこで見えた。
ぎゅっとズボンを掴んでいる手がじんわりと熱くなってベタベタしている感じがした。




ぶぅーーーーーーーーーーーーー!
どわっはっはっはっはっはっ!

とーちゃんは爆発したみたいに笑った。


うひゃっひゃっひゃっひゃ、そうか、ぶはっ、いやーーーーーーー、そうか。

大きな手でおでこをばちーんと叩いてとーちゃんはうひひひと笑いながら言った。

お前も、仕事とか、考える年になったんだなぁ。
いやあ、でっかくなったもんだ。
よし!明日は休みだからな、とーちゃんの仕事、見に行くか?!

ぼくはぶんぶん頷いた。頭がくらくらするくらい、ぶんぶんって頷いた。





ほら、ココだよ。
たまたまこないだの現場が近くだったからな。
お前に見せられるなんて、とーちゃん嬉しいぞ。


外はじりじりと暑いのに、薄暗いここは湿ったようなひんやりとした風が吹いていた。

晴れているのにどこからか水が入り込んできているのか、ぼろぼろになった落ち葉や水たまりをよけながら、とーちゃんと手をつないでひたひたと歩いていった。
雨の日の土の匂いがした。


長く長く、どこまでも続く白いタイル。
手のひらくらいの四角い白いタイルがずーっとずーっと続いている。
薄暗いトンネルの中で、白いタイルがぼんやりと光っているようだった。


トンネルってのは、やっぱ暗いだろ?
でもよ、俺の貼ったタイルでよ、ちょっとでも明るくなるんなら、ちょっとでもトンネルを通る憂鬱な気分が和らいで、ちょっとでも事故が減るんならさ、しんどい仕事だけど、やっぱやってよかったなって思うわけよ。
ちょっとだけどもさ、確実にそのちょっとの分は世の中を明るくしたってことだろ?


ぼくに言っているのか、独り言なのか、
ずっとずっと続いている白いタイルを愛おしそうに見渡しながらつぶやくとーちゃんの横顔は、
キラキラしててカッコ良かった。



「ウチのとーちゃんは、世の中を明るくする仕事をしています!とーちゃんは、トンネルの…」

作文を読む声がまるでトンネルの中で歌っているかのように、教室に大きく響いた。








っていう、勝手な妄想を、
トンネルの壁に貼ってある白いタイルを見るたびにして、これまた勝手にじーんとしながらトンネルを抜けていくのでした。


トンネルのあの白いタイル、どうやって貼ってるんだろ。ものすごい距離なんですよ。

あー。気になる。





なんてね。

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