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『ほんとうのリーダーのみつけかた』を読む

 『西の魔女が死んだ』において、いじめに悩む主人公「まい」に「自分で決める」ことを教えるおばあちゃんを描いた作者が、リーダーというものをどのように定義するのか、とても興味があった。だいぶ前から話題になっていたところ、ようやく読むことができた。

 作者は2007年に『僕は、そして僕たちはどう生きるか』の連載を始めている。その背景には、教育基本法に改変が加えられ、国を愛することを明文化した国に対して、作者が感じた危うさがあった。そしてこの連載のタイトルは、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を踏まえている。この本は数年前からたいそう話題になり、私も家にある古い岩波文庫を引っ張り出して読み直したクチだが、「良き人間になること」を考えつつ読んだ子ども時代と違い、今度は「子ども(というのは若い世代の人たちみんなを指すが)に良き人間になってもらいたい」という思いを持った。この作品を梨木さんは、「自分を客観視すること」と「子どもたちに向ける熱のこもった眼差し」という二つの点から紹介している。『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は吉野さんの問いに対する、梨木さんの答えでもあったのだ。そして本書は、この『僕は、そして僕たちはどう生きるか』が2015年に文庫化される際に行われた講演をもとにしたものである。

 『西の魔女は死んだ』で、主人公まいが、「魔女」であるおばあちゃんに次のように言うシーンがある。「一匹狼で突っ張る強さを養うか、群れで生きる楽さを選ぶか…」これに対し、おばあちゃんは「その時々で決めたらどうですか。自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ」と答える。決して群れ=媚び、一匹狼=自分を貫く強さというシンプルな図式に収めるようなことをしない。そしてこの「群れ」の問題は、ここでも繰り返される。

 日本は同調圧力の強い国、とよく言われる。しかし、だからといって梨木さんは群れを圧力をかけてくるだけのもの、とは見なさない。面白いのが、カリスマドッグトレーナーのエピソードである。このトレーナー曰く、犬が求めるのは心から信頼できるリーダーなのであり、「尊敬できて大好きなリーダーの元にいることほど犬にとって幸せなことはない」(p.23)。ここから導かれる結論は、犬と同様、人間もまた群れに生きる動物だから、尊敬できるリーダーを無意識に求める、ということである。

 問題なのは、この本能のために、自分が入りたい「群れ」でないところで、群れに入れてもらいたいと振る舞ってしまう行動と、それゆえの自己嫌悪である。しかし梨木さん曰く、人間はそういう生き物だから、自己嫌悪を抱くことは仕方がない。ただ、それをきちんと自覚することが大切だと言う。この本で最も重要なのは、次の部分だ。この「自覚するもう一人の自分」こそが、その人にとってのほんとうのリーダーなのだ、ということである。

 自分の中のリーダーを掘り起こし、その人についていく。このとき人は、「チーム・自分」になる。これこそが最強の群れであり、「個人」である。そして、このリーダーを持ち続けるために、人は自分を客観視しなくてはならないのだ。

 以上がこの本の核心部分だが、この話は、私には非常に納得のいくものだった。大学院生の頃だったと思うが、吉本ばななのエッセイを読んでいたら、拒食症になる人は丸ごとの自分を受け入れられていないことが多い、というようなことが書かれていた(記憶が曖昧なので、違う例だったかもしれないが、とにかく「自分を受け入れる」という部分は間違いない)。そこを読んだ時にごく自然に「ありのままの自分を受け入れる」ということに得心がいったのである。別に無理矢理「私はこれでいい」と開き直るわけではなく、ただ「丸は丸、三角は三角」と思えばいい、という気になったのだった。以来、私は多分「チーム・自分」で生きている。

 「チーム・自分」は楽だ。人とは比べないが、常にベストは尽くす。本書には金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」が紹介されているが、「チーム・自分」とはまさにこの言葉を実践することではなかろうか。

 ただし、ここに行くまでにはまだいくつかの段階がある。この言葉を安易に使うことについて、梨木さんは警鐘を鳴らす。この言葉は、祖父母がいろんな個性を持つ孫たちに目を細めつつ言うべきものであって、社会を駆け抜けようという時にこの言葉を持ってこられると、そこでは判断停止が起こってしまう。「同調圧力や能力主義があまりにも強烈に現場を縛り始めた時に初めて」この言葉が緊張感を緩める力を持つとされる(p.13)のだが、怖いのは、そういう場で、指導者が、意味も考えず、慈愛もなく、その言葉を繰り返すことだという。ここを読んで、今の学校(特に小学校)はそういう場になってしまっているのではないか、という気がふとした(梨木さんはそんなことは書いていないが)。

 ともかく、今自己形成をしつつある人には、この「チーム・自分」は非常に心強い支えとなると思う。ぜひ読んでもらいたい。


 



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