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衝動

日本に帰ったら何ができるか考えていた。准看護師の学校なら中卒でも入れるところがあると知る。費用も正看護師より、かなり安い。

仕事でインシデントに巻き込まれた。自分は正しいことをした、やり方通りやったはずだが、口頭指示だったため、証拠がない。あるのはわたしのなぐり書きのメモだけ。責任の押し付け合い、犯人探しとは、恐ろしいものである。狂気に満ちたインシデントレポートをマネージャーの前で眺める。堂々と、事実だけ話した。どっと疲れて帰宅して、これから無意味になりそうな資格証明書を眺めながらワインを一本空ける。この、とてつもなく逃げたいタイミングでこんな状況に陥った意味を無意識に求めてしまう。愚かな自分。

もう全てが、我慢ならない。苦しい、そうだ、今、間違いなく苦しい。だけどもそれを認めたくない。口走ることも許されない。怒られるのは御免だ。もう無理だ。そろそろ逃げてしまう。日本へのフライト、最安値は6万、毎日深夜1時に離陸。貯金は目標より少ないが、なんとかなりそうな額。両替さずに隠し持っている日本円もいくらかある。仕事に行く様で、そのまま手ぶらで帰ろうか、パスポートだけ持って。

たとえば私がフランスを離れたときは、衝動的に出発したと言う者が多かった。また六年間の旅の後にとつぜんフランスに舞い戻ってきたときも、やはり衝動的だと言われかねないところだった。

……その翌々日、私はマルセイユ行きの船に乗った。

サルトル『嘔吐』

自分じゃん。

帰れる実家はない。過去に友人となった人間たちは結婚しはじめて、行くあてもない。このまま死んでも別に良い。だけどもわたしは安心するだろう。そのとてつもない自由と孤独に。いつまでも憧れる、その快感に。


【余談】
冗談抜きでガチ逃げしそう。

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