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No.5 改札バサミ

 太陽は既に高く昇り、暑さが肌を焼く。雨季は涼しいと聞いていたが、ここアユタヤは京都と同じ盆地にあり、バンコクよりも暑いというのは驚きだ。

 バンコクのファランポーン駅から、ゆっくりと木造の列車が重そうにディーゼルエンジンを動かし北へ向かう。乗車券を15B (45円)で手に入れた。長い車両の向こうから車掌さんが切符を切りに来る光景は、私が子供の頃、日本でも見られた風景。タイの広大な平野を眺めながら、物売りから買ったガパオライスをビールで流し込む。開け放たれら窓からの風が心地よい。

 バンコクを出てから約2時間。人気の少ないアユタヤ駅からは、川を渡らなければ中心街に行けない。野晒しの受付で5B(15円)を払い、私と一緒に乗船したのは生きたニワトリのカゴを担いだおばさんだけだった。対岸は目と鼻の先。水量豊かな濁流の川を、車のエンジンを露出した木造船を巧みに扱う船頭。私も船の免許を持っているので、この川を操る難しさはよく分かる。対岸の浅瀬では子供達の遊ぶ声が響いていた。
 
 私はPUゲストハウスという宿を訪ねた。1階は開放的な食堂で、ヨレヨレの短パンとTシャツ姿の日本人3人が漫画を読んでいた。日本人御用達の宿ということだったが、その光景に違和感を覚えた。
 次に目星を付けていたワット・マハタート遺跡近くのPSゲストハウスに行く。人通りの少ない土の通り沿いに、気持ちの良さそうな広い芝生が広がっていた。タイ様式の2階建ての宿が向こうに見える。
 芝生から宿に入ると、テラスに年配のタイ女性が座っていた。「日本人か。おいで」と手招きされ、冷たいお茶を勧められた。彼女は、知性を感じさせる目をしている。

 「一人?」と彼女は聞く。「はい、一人です。部屋を見せてください」と答えると、ゆっくりと立ち上がり案内してくれた。
 2階の部屋は風通しが良く広い。木造の歴史を感じさせる雰囲気だが、掃除が行き届いている。ファンの部屋で100B(300円)。
 女主人は高校で英語の先生をしており、毎朝通っているという。そして、他にも日本人が泊まっているということで、一緒にトゥクトゥクで遺跡を回るツアーを提案してくれた。いつもなら営業的な、この手の話は嫌いだが、彼女の提案には抵抗を感じない。

 宿に隣接する小さな商店で瓶ビールを手にいれ、2階のテラスで一息をつきながら、アユタヤの暑さをビールの冷たさで紛らわす。タイルの床は冷たく心地よい。そこには旅の疲れを癒す魔法があるかのようだ。

 通りの向こうから天秤を担いだ日陰帽子のお婆さんが、物売りとして現れた。2階のテラスから眺めていると、「ナオヤー」と先生が手招きして叫ぶ。
 降りていくと、先生は物売りのカゴに入った食べ物を指差し、
「美味しいから買いなさい。」
と勧めてきた。「安いから」と。
 先生も物売りと談笑しながら昼食を選ぶ。スープや焼き飯、甘そうなデザートまでが輪ゴムで縛られたビニールに入っている。
 私が野菜たっぷりのスープを選ぶと「ご飯は?」と先生が、ご飯も買いなさいと言う。
「全部で15B(45円)よ。」
と自慢げだ。
「安っ!」
と私は、驚いてみせると、
「でしょう!」と先生も嬉しそうだった。
 この小さなやり取りが、古都の風情を一層引き立て、アユタヤの日常の一コマとして旅に深みを与えてくれた。


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