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ある受刑囚の手記12

エリカは当時あの国でも普及の始まっていた、それでも子供が持つにはまだまだ贅沢品だったはずの携帯端末を取り出して、たぶん自宅へだろう、通話した。
相手は大人だったはずだけど、その態度や簡潔な物言いから、彼女が他人に何かを命令することに慣れた人種であることは分かった。

さほど待つまでもなく、外国製の大型車が校門の前に乗り付けた。
制服姿の運転手と、力仕事専門という感じの作業着の使用人ふたり。
彼らは私を見て、それからエリカの話を聞いて、とても信じられないという顔でエリカに何かまくしたてていたが、結局は彼女に従うことになった。
私は四本の足をしばりあげられ、後部座席の床に押し込まれた。

大柄の使用人ふたりと受刑者一匹が乗り込むと、さすがに子供たち全員を乗せる余裕はなくなり、エリカと、まだ歩くのも難しそうなヘラだけが乗った。
バスで来るようにとでも言ったのか、エリカがいくばくかのお札を渡すのが見えた。

車が向かった先は郊外の豪邸だった。
近年の経済発展で成長した新富裕層が集まるのとは別の、旧来の上級階級の邸宅が並ぶ辺りだ。
あの国の本来の建築様式を意識しながら、近代的工法で建てられた屋敷は周囲からやや浮いてはいたが、受刑者やそれ以外の生き物を10匹単位で放し飼いにも出来そうな庭を持っていた。

これは後で想像したことになるが、エリカの親は、街の中心部で忙しく働く経済人ではなかったか。
そちらにもうひとつの住居があって、本宅の方へはまとまった休みの時に戻るだけという生活だったと思われる。
それらしい人たちを、私は最後まで見ることはなかったから。

私はまず庭の片隅で、使用人数人がかりで身体を洗われることになった。
何のためにそういうことをするのか、彼ら彼女らがどのくらい分かっていたのか、お嬢様の気まぐれにも困ったものだ、という顔だった。
貴重な珍獣程度には丁寧に扱われたと思う。
私にしても、降って沸いたような話で、戸惑いの方が大きく、ちょっと水をはねとばした以外、これといって抵抗もせず、なすがままだったと思う。
髪の毛や体毛も手入れされ、こういって良ければずいぶん「人間みたい」な格好になったはずだ。

男性使用人たちはそんな私を見て、口笛を鳴らしたり、露骨にニヤニヤ笑いを浮かべたりした。
中のひとり、わりと年若い青年が私の乳房に手をのばそうとして、年長でその場を取り仕切っていた様子の女性使用人に叱られた。

ともかくそうして多少は身綺麗になった私は、庭の一角の離れ屋に連れていかれた。
以前はそこで大型のペットがでも飼われていたのかもしれない。
爪で引っ掛かれボロボロにはなっていたがそれなりに高級そうなカーペットがしかれ、クッションやベッド、エサ皿などがあった。
受刑者よりよほど贅沢な暮らしをしていたペットがいたものらしい。

私たち受刑者のしている首輪は、薬品投与のためのもので、ペット用のそれのようにリードをつなぐ金具などはついていない。
使用人たちはあれこれと試してみた末、私の後ろ足にバンドを巻き付け、私を壁につなぎとめた。
そんなことなどしなくても、与えられたドッグフードとミルクだけで、私は逃げ出すつもりなどまったくなくなっていたのだけれど。

それらのほどこしを瞬く間にたいらげ、先住者の残り香の強いベッドやクッションは使う気にはなれず、床に丸まった。
離れ屋の空調は動物用の気温にセットされていたのだろう。
ケダモノとは言いながら毛皮など持たない身には、いくらか涼しすぎた。
すぐに尿意をもよおしてしまった。

離れの片隅にトイレ砂の盛られた容器があったけれど、やはり先住者の匂いが強く残っていた。
反対の壁際へ移動し、放尿のために後ろ足を持ち上げたところで、エリカが入ってきた。

身体を磨かれ、人間の少女のようになった私の裸身にハッとしたのと、そんな私がしようとしていることに気付いてぎょっとなったのと、その半々のような表情で、彼女は固まった。
私はと言えば人目など最初から気にもしないケダモノだし、そうでなくても急に止められるものではない。

エリカに凝視されながら、思い切り壁におしっこをぶちまけた。

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