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後輩の愛犬1

もういいよ。
信じてくれなくても、感謝なんてしなくても。
そんな目で私を見ないで。
以前の私を思い出させないで。
今の私をありのままに軽蔑してくれたらいい。
その方がずっと。

今度こそ終われると思った。
私をまだ尊敬していると、真剣な顔で訴えてくる林野さんの、その言葉がつらくていつもの調子ではぐらかそうとした。
それでもと訴えかけてくる姿があんまり汚れなくて、眩しくて、憎らしくさえ感じた。
その顔を徹底的に嫌悪に歪めてやりたくなった。

「はぁはぁ、あん、もう林野さんったら素敵ぃ、絶対ドS責めの素質あるってー、アリサ感激ぃ、これからもオナニー手伝ってよぅ」
正直そこまでされるとは想定外だった。
部屋からアリサ専用極太くん4号、いや、3号だったか、それを取ってきてくれとお願いした時点で、そのままもう戻って来ないことも予想した。
彼女の様な娘はそんなものに手を触れるのさえ忌まわしいだろうと思ったのに。

もう演技と素の境目もとうに曖昧だけれど、部員たちに見せびらかすための変態オナニーでの絶頂は大半はそのふりだけだ。
足腰がしびれきって本当に動けなくなりそうな感覚を、監督との逢瀬以外では初めてだったかもしれない。
少し幼い、アニメ声優っぽい美声で、なにかを必死に圧し殺そうとするように冷たくののしられ、煽られ続けながら、何度も果ててしまった。

「いいですよ」
やはり、その冷たい声を保ったまま、林野さんは言った。
「え?」
「いいですよ。手伝ってあげますよ、先輩のオナニー」
それこそ予想外の返事だった。
今度こそあきれ果て、幻滅しきって私になどかかわりたくなくなると思ったのに。
イキすぎてまだ少し火花の散っている頭が現状を把握しきれない。

「何ですか、言ったですよね、何でもするって」
「でも、あの、その」
「迷惑ならとっくにかけられてるんですよ。それともやっぱり怖じけずきましたか、口ほどにもないですね、メス犬先輩」
「えー、んな訳ないよぅ、大歓迎のウェルカムだよー、でも本当にアリサは底抜けの変態だぞぅ」
何を、という反発がいつもの調子につながってしまうのは、我ながら救われないところだったろうか。

林野さんは軽く顔を背けた。
床にへたりこんだままの私からは表情がよく分からなくなった。
「私も見てみたくなりましたから。先輩が本当にどこまで堕ちていくんだか」
声は相変わらず冷徹なまま、それでもその顔は泣き出しそうになっているような気がした。
「ともかくさっさと撤収しましょうか。いつまでもトイレを占領してたらそれこそ迷惑ですし。ほら、その極太くんたち集めて」

予想外のことは続いた。
林野さんからの申し出を監督は吟味する素振りも見せずに了承したのだ。
さすがに大事な大会を前に、私を抱く頻度も減っていたところに、渡りに船ではあったのかもしれない。
あくまで彼が私を構えない間の相手役、しつけ係、そんなところだったけれど。

「い、いいんですかぁ、林野さんこう見えて本当にすごいんですからぁ、案外アリサ本気でNTRされちゃうかもしれないですよぅー」
以前ならこの男の支配から多少は逃れられるなら、素直に嬉しかったに違いないのに、ごく自然にそんな言葉が出た。
あのセックス漬けの日々を私の身体は懐かしんで、うずいてしまう。
心はどうだか分からないけれど、すくなくとも肉体の方はとうにこの男の望んだままの淫乱なのだった。
「それはそれで面白いかもしれないしな」
「えー、やだやだ嘘ぉ、アリサのこと見捨てないでくださぁい、愛してますからぁ」
胸板に頬擦りして駄々をこねてみせる私は無視するように、監督は林野さんの方に薄い笑みを送っていた。
寝取れるものならやってみろ、とでも言いたげだった。
林野さんは、無表情を保とうとして失敗したような、複雑な表情で一礼した。

「じゃ、行きましょうか、先輩」
「う、うん」
「私への返事は、ワン、でお願いします、メス犬先輩」
「え、わ、ワン」
「人間としての先輩は監督の愛人だけど、犬としては私のペット、てことでどうです」
「あ、いいねー、林野さんの犬になりまーす、ワンワン。林野さんの愛犬アリサ。あ、愛人と愛犬じゃニュアンス違いすぎだろって? きゃは」
この娘が何を考えているのか、まだよく分からない。
分からないながら、トイレオナニーの一幕を思い出して、私はしっかり興奮していた。

「あ、それでそれでぇ、私はなんて呼んだらいいですかぁ、いつまでも林野さんじゃ他人行儀っていうか、他犬行儀? そんな言葉はないか、あはー。えと、ご主人様? お姉さま? 女王様?」
「……カナでいいです」
「え?」
「聞こえなかったんですか、ダメ犬先輩」
「い、いいえ、聞こえてましたぁ、ごめんなさい、カナ様ぁ、ワン」

一瞬浮かんだ、嬉しいような切ないような照れくさいような表情を、なんと言い表したらいいだろう。
すぐにはっとして顔を背けてしまったけれど。

「あん、待ってくださいよぉ、カナ様ぁ、ワンワン」
何かを振り切ろうとするように急に足早になった林野さん、いや、カナ様を私はあわてて追いかけた。

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