書評 「腐敗する法の番人」 鮎川潤著


一 大川原化工機事件という冤罪事件は特異な事件である。検察庁が第1回公判期日直前に公訴取消を行ったこと。それに続く国家賠償訴訟では、捜査した警視庁公安部の捜査官が事件を「捏造ですね」と証言したこと。そして、NHKが詳細な事件の概要を報道するに及んで、警察、検察のあり方に強い疑念を抱かせる事件となった。
 かつて、検察庁は、大阪地検特捜部において前代未聞の証拠偽造をともなう冤罪事件を発生させ、社会から強い批判をあびた前例がある。もはや検察庁そのもののへの信頼性が失われ存続自体を危ぶまれた。検察庁はいちから組織を立て直す覚悟で、この事件以来組織改革に取り組んできたはずである。
 しかしながら、先入観による見込み捜査に基づく冤罪事件は、村木事件以降も後を絶たない。プレサンス事件も大川原化工機事件も思い込みによる見立て捜査で冤罪を作り出している。本来なら嫌疑不十分となるような証拠をあえて見落とし、自ら立てたストーリーに沿う証拠のみを収集して犯罪を作り上げてしまっている。そこには村木事件への反省など微塵も感じられない。
二 法の番人といえば一般的には裁判所をさすが、本書では行政機関である警察や検察、法務省も含めて「社会統制機関」として扱い、法の番人として現状と評価について詳細な検討がなされている。社会統制機関そのものが行う逸脱行動を取り上げることで、我が国の司法の問題点を浮き彫りにさせ解決策を考えようとする試みである。
 著者は、犯罪学や刑事政策の研究者であり、保護司でもあることから、理論的な側面だけではなく現場でじかに見たり聞いたり取材したことがその知見に反映されている。そのことが理論的側面に迫力と説得力をもたせ、我が国の社会統制機関のもつ構造的な問題点を明らかにしている。
三 社会統制機関の逸脱行動を矯正するにはどうしたらよいだろうか。
1(一) 本書では第5章において司法の再生を考える題して、そのヒントを提示している。ひとつは、起訴後勾留、いわゆる人質司法の是正である。(二)  刑事訴訟法第60条第2項は「勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。」と規定し、起訴後二か月の勾留を認め、例外を除き更新を1回に限るのが原則である。
(三) しかし、大川原化工機事件では11か月間、プレサンス社長事件では、248日間約8か月間、村木事件では164日間約5か月にも及ぶ長期勾留を行っているのである。人質司法の問題性は冤罪事件でより鮮明に浮き彫りにされる。しかし、たとえ有罪事件であっても裁判での一方当事者を長期に身柄拘束することをみとめるのであれば、それは裁判というよりも刑を科すための儀式であるにすぎないと評価されてもやむ負えまい。中世の絶対王政の国ならまだしも近代国家ではありえない手続きである。これが、国際的に批判されるゆえんだ。これをいまだに恥じることなく続けているのが我が国社会統制機関の実情なのである。
2 ふたつめは、死刑制度の廃止である。世界の先進国では国連の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の「第二選択議定書」を批准することによって死刑を廃止しているが、日本はいまだに死刑制度を存続させている。これは国民の意思というよりも、積極的に死刑制度に関する情報を国が発信していないことによるほうが大きいと言える。この国の社会統制機関は「よらしむべし、知らしむべからず」という方針のもと自らの都合の良い政策を実行してきたのではないだろうか。
四 社会統制機関の逸脱行動を是正するためには、国民の監視が欠かせない。そのためにはマスメディアの報道や、本書のような実情を知る者からの情報や正確な知識が必要となる。そのうえで、逸脱行動を是正するための方策を背景や原因を深く掘り下げながら構造的制度的に構築する必要があるだろうと考えるようになった。


https://www.heibonsha.co.jp/book/b639170.html



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