景気に対する消費税の影響について

1はじめに
 ふつうに考えると、消費税を課すことで商品やサービスの値段が10%上がっているわけだから、消費者は購入に躊躇するものと思える。したがって消費は抑制されるように思われる。どうしても必要な生活必需品にしても、類似の商品・サービスがあれば少しでも安い方に流れるようにも思う。そうすると、類似の商品・サービス間では価格競争になりやすい。インターネットが発達した現代では、商品価格を比較するのはたやすいから、より安い商品に向かいやすいように思える。消費税を導入することで消費者も生産者やサ―ビス提供者もより価格に敏感になりそうなものである。だから、消費税の導入は景気の動向、なかんずく消費の抑制方向に影響を与えるのではないかというのが素朴な疑問である。
 しかし、意外と消費税は景気に影響を与えないと主張する学説は多い。
 

2 消費税の導入は経済に影響を与えないとする説 
  
 財政赤字の削減が社会保障に対する将来の不安を緩和し、それまで家計が貯蓄に回していたお金を消費に振り向ける効果、すなわち財政再建が民間需要を喚起するという効果、いわゆる非ケインズ効果が主張され、消費増税による財政再建の道筋を示すことはむしろ経済成長を促すと主張する学説がある。 
 また、消費税は、家計貯蓄に対して中立的であり、経済に対する歪みが少なく、法人税増税や所得税増税に比べて、消費税増税の経済成長に対する負の影響は少ないとの主張もある。
 さらに、成長経済では消費税の導入は消費の抑制を促すものの、成熟経済では消費税の導入はほとんど消費の動向に影響を与えないと主張する学説もある。

消費税増税はその率だけ消費者物価を引き上げるため、景気に及ぼす効果は、物価上昇がもたらす実質金融資産の減少効果である。(中途略) 成熟経済では資産プレミアムは実質金融資産に反応しないため、消費は変化しない。(中途略)これ以外に、消費増税の前後で短期的に起こる物価の変動がある。増税時には消費者物価が増税分だけ急激に上がり(インフレ効果)、その後はもとの動きにもどる。(中途略)増税後は、物価変化率はもとにもどるため、増税直前に買い溜めしたモノが残っている間は消費が減るが、その後はすぐにもとの水準にもどる。

小野善康著 資本主義の方程式 中公新書 85頁


 消費税を導入する前は駆け込み需要が生じ、導入後は反動で需要が低迷するものの、3か月後には元の需要に戻るので、消費税増税は景気に影響をあたえないという。

現実問題として、ヨーロッパ諸国などは過去に何度もいろいろな国で消費税率を上げてきました。多くの国で換算されることは、消費税を上げた直後には若干の駆け込み反動の影響はあるものの、だいたい3カ月もすれば正常な状態に戻ると言われています。

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3 日本経済が低迷する理由
 では、消費税増税後は景気が低迷しているように見えるのはなぜなのだろうか。それには別の理由があるという。財務省はHPで景気低迷の理由を二つ上げている。
 一つ目は労働投入量の減少である。すなわち少子高齢化が進んだ日本では生産人口が減少し、労働時間が減少しているため、労働時間あたりのGDPは遜色ないものの、一人当たりの実質GDPが他国と比較して低迷しているとする。
 二つ目は投資活動の伸び悩みである。すなわち、経済の低い成長見通しや不確実性による慎重化によって保守的な経営が行われ、企業の投資活動が伸び悩んだとする。

 そこで、設備や人への投資により、労働生産性を向上させ持続的な経済成長の実現を図るべきとする。

4 日本経済低迷の理由への反論
(一) 労働投入量減少のからくり
 女性と高齢者、非正規雇用の増大で労働時間と平均賃金が下がっている。すなわち、安い賃金で多くの人を雇用し短い時間で労働させているから一人当たりの労働生産量が低く見えているだけにすぎない。そもそも労働時間当たりの実質GDPが各国と比較して変わらないのであれば、労働生産性の問題ではないだろう。
 景気の低迷は、労働投入量が低いからではなく、安い賃金で労働力を確保した結果、労働者すなわち消費者の所得が減り、消費の抑制につながっているからである。消費すなわち需要が低迷した結果、モノが売れなくなり、売上高が減少する。企業は売るために価格を下げ、企業間の価格競争を呼び込み、それがデフレにつながっている。
 労働投入量は確かに減少しているだろう。しかし高い賃金で労働力を確保していれば、それが消費につながり需要の向上につながったのではないか。
 もっとも、これに対しては、成熟経済では高い賃金を獲得しても、モノ自体ではなくそれを手に入れるためのカネを欲する資産選好の傾向にあり、必ずしも消費につながらないとの批判がある。
 しかし、需要を低迷させるような消費者は、必ずしも高所得者とは限らないから、労働者への賃上げは消費回復につながりやすいと考える。

(二)投資活動が減少したからくり

(1) では、なぜ企業が設備投資や人への投資を怠ってきたのか。とくに正規雇用を増やすことなく、女性や高齢者、非正規雇用の労働者を増やして一人当たりの労働生産性を下げてきた理由はどこにあるのだろうか。

(2) 国家と異なり企業は、営利目的を追求して合理的に活動するものである。国家の目標である持続的な経済成長の実現のために、設備や人への投資などしない。企業が設備や人へ投資するのは、それが営利目的を達成できると確信できるときだけである。確信や合理性もないのに、経済成長という国家目標のために設備や人へ投資するはずがない。国家すなわち政府が考えなければならないのは、企業に設備や人への投資を促すことではなく、どうすれば企業が設備や人への投資をすることができるのか、その環境づくりである。

(3) 翻って見れば、政府はことさらに財政破綻を言い募り、二言目には社会保障費の増大で日本社会は持続できないと主張して、老後に対する不安を煽り、消費税増税や社会保障費の値上げを繰り返して国民の可処分所得を減少させ続けてきた。国民の消費は究極まで抑制されている。国民がもし資産選好の傾向にあるとすれば、それは成熟経済だからではなく、将来の生活に対する不安があるからだ。
 国民の消費が低迷すれば、企業は売上を確保することができない。企業は売上を確保するために、価格を下げて購買数を上げようとする。しかしそれでは利益を確保できないから、コストを下げようとする。これが設備投資と人的資本への投資を企業が避けてきた理由である。
 
5 大企業と中小企業の景況感
 消費税増税と社会保険料の値上げは企業財務にも強い影響を与える。
 ただし企業といっても、輸出系大企業と国内中小企業とは異なる影響をうける。

(一) 輸出系大企業は、そもそも消費税の還付金を受けているので、消費増税はむしろ補助金が多くでるようなもので歓迎すべき制度となる。もともと消費税いわゆる付加価値税はフランスが企業に国際競争力を持たせるために導入した制度だからだ。したがって、東証に上場している輸出系大企業にとっては、法人税の減税、消費税の増税、円安というのはトリプルで追い風となる好材料がそろっている経営環境なのだ。これで利益を確保できない方がどうかしている。

(二) これに対して、国内中小企業は、もともと赤字決算の企業が多いので法人税減税は全く影響がないうえに、デフレ傾向が続けば市場価格を下げざるを得ない。いわゆる消費税の転嫁と帰着においては過少転嫁によって消費税分を負担することになる。増税すればその分負担はさらに重くなる。そにうえ、エネルギーや資材は輸入品に頼っているので円安が続けばコスト増につながり利益幅が減ることになる。したがって、国内の7割を占めるといわれる非上場の中小企業にとっては、法人税減税は意味がなく、消費税増税は負担が重くなり、円安は経営に直接打撃をあたえる結果となっている。
(三) このような現状が景気の良さを実感できないのに株価だけは上昇している原因の一つを担っている。
 かといって、財政出動により中小企業対策をすればいいわけではない。中小企業の供給力に問題はない。問題なのは需要不足である。政府が取り組まなければならないのは需要の喚起である。政府は、需要を抑制するような政策をとってはならない。

6 需要を抑制する政策とはなにか。
 需要を抑制する政策とは要するにインフレ対策である。加熱した経済を抑制するために、金融を引き締め、財政を緊縮すればよい。そうすれば、人はお金を借りなくなり、消費をしなくなり、設備投資もしなくなるので、インフレは抑制され、需要も抑制される。
 需要を喚起する政策とはこの逆の政策を取ればよい話である。財政を拡張し、金融を緩和する政策を実行すべきだ。

7 消費税増税は政策でいえばどの部類に属するか?
 社会保障費を確保するため消費税税導入すると主張するため、消費税導入の政策的位置づけがわかりにくくなっているが、消費税増税は明らかに緊縮財政政策に該当する。市中に出回っているカネを回収するわけであるから財政緊縮政策だ。したがって、消費税増税は確実に需要を抑制する。インフレ時に消費税増税を導入すれば確実にインフレ抑制策になる。
 しかし、デフレ時に消費税増税を導入すれば確実に市中に出回るお金のが回収され量が減るため、カネの価値が上がりモノの価値が下がってお金を貯め込み消費が低迷する。すなわちデフレが強化されることになる。バブル崩壊後景気が低迷し始めた30年間からずっと、日本政府・財務省は着実に消費税増税を繰り返し、財政を緊縮させたまま今日の日本を形作ってきた。

8 では、なぜ今物価が高騰しているのか?
 ロシア・ウクライナ戦争による穀物・エネルギー価格の高騰、円安による輸入価格の高騰といったコスト面での費用増が物価高に影響を与えている。需要増大による物価の高騰ではない。物価の高騰で需要すなわち消費は確実に低迷している。
 こんなときに、緊縮財政政策をとることすなわち消費税増税は、ますます消費を低迷させ、経済成長を阻害させることになる。

9 まとめ
 消費税増税は財政再建のための緊縮財政政策である。増税前の駆け込み需要のために3ヶ月程度は需要が減るかもしれないがその後は回復するなどといって、消費税増税の本質を見誤ってはならない。消費税増税は市中にあるカネを回収し国債償還に充てるとカネは消滅するから、さらにデフレを促す。インフレでもないときにインフレ抑制策を実施することは、景気を低迷させる元凶だ。

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