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ものまねカセットテープを盗み聴きした親父。

中2になると同時に離婚していた実父とその嫁のところに住むことになった。

小中学校時代皆んなの人気者でものまねしたり歌ったりして矢鱈に無駄に元気だった。
一日中友達と笑い転げて
青空のように晴れたバカ少年。

中一の時、ビートたけしのオールナイトニッポンを聴き衝撃を受け、すぐ似てないモノマネをマスターしカセットに録音し仲の良い友達がみんな一人ずつ聴いてくれた。

それまでクラス会で唄ったりモノマネしたりして笑わせるのが好きなお調子ものだった。
一流シンガー野口五郎の唄は絶対的自信があったが
しかし完コピしそういった歌い上げるバラード系を熱唱してもイマイチ反応が少ないのが不満だった。

プロレスラーや動きの速いロックシンガーのマネを披露すると皆んな大笑いしてくれた。
別に泣きの感情を美化した私の唄など聴いてはいなかったのだろう。

ラジオのDJを真似て喋るのは初めてでその時感じた速口で「ばかやろう、このやろう」と繰り返し、唄やモノマネを録音したカセットテープは友人には大受けし、クラスの女子達皆んなも聴きたいといい回し聴きされ学校の男性アイドルとしての私の人気は頂点に達した。

転校することになりそのカセットテープも持っていく事にした。
他のテープは題名は書いてあったがその極秘録音テープは何やら「やっちまった感」があり気恥ずかしく
題名が決まらず表面テープを剥がして何も書かずにとりあえず保存していた。

が、それが逆に目立ってしまい墓穴を掘る事になってしまった。

ある日、父が意地悪な笑みを浮かべながら
サウスポースタイルのボクシングの構えになり
「ばかやろう、このやろう」と私の肩にジャブやストレートを軽く打ってきた。しかもステップインしながら連打で。

「何やねん」
「もうええねん」
「きょうシンドイねん」
私は怠そうに左利きの大人のハゲを少年らしからぬニヒルな表情で余裕を魅せヒラリとサイドステップとスゥエーパックで捌き相手にしなかった。

しかし。ん?そう、その時点で私はそういった父のひょうきんで軽快な動きを魅せた「ハゲの元暴力団」で左利きの父が思春期の一人息子の極秘モノマネテープを聴いた後のおちゃらけた行動だとは気づいてなかった。
その日はなんとなくグレーなモヤモヤした気分のまま普通に終わった。

翌日になって「はっ!」と気づいた。
なぜなら父の前でモノマネを演じた記憶はないし
一度も親の前で「ばかやろう、このやろう」なんていう東京弁は使用した事もない。

なぜ父が大阪人なのにニヤけながら、わざわざ慣れない江戸っ子弁で「ばかやろう、この野郎」と短い足の膝を少し曲げ小刻みに前進しつつ固めた両腕のガードから右ジャブと伸びない左ストレートを私の肩に軽く(やや強く)撃ってきたのかが断定できた。

急に恥ずかしくなり現実を認めたくない感情に襲われた私は父の車のカーステのボックスを開けてみた。
案の定、私の肉声が入った極秘カセットテープはそこにあった。

それは明らかに父が車で息子のモノマネテープを盗聴した痕跡だった。

後にも先にもこの父の盗聴的黙聴遂行ほど「恥ずかしい」想いをした事はなかった。
それはある種の自慰を目撃されたようたもので
自慰行為をテープに撮られガン見されたような気持ちだった。

聴かれるだけでも気まずいのに
聴いた後更にニヤケながらフアィテイングポーズをとり軽く打撃してくる行為のシーンは何度も脳内リピートされるたび猛烈に羞恥心は復元される。

それから1週間くらい私の顔見るたびに
ニヤケながら「ばかやろう、このやろう」と意地悪な眼で言った。

父の顔は浅草の喜劇人出身で一流性格俳優の長門勇に激似だった。

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