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自分に正直に生きる――『結婚/毒』(トーヴェ・ディトレウセン)書評

第6回翻訳者のための書評講座に参加し、トーヴェ・ディトレウセン著『結婚/毒』(みすず書房 訳:枇谷玲子)の書評を書きました。
書評講座に参加するときはいつもはできないような書評を提出しようと考えているのですが、今回は”なりきり書評”にチャレンジ。作者になりきって書いてみました。
その結果……「架空の何かになりきるならよいが、実在の人物になりきるのは避けたほうがいい」、「役割語は不要なのでは?」、「ナイスチャレンジ!」など、さまざまなご意見をいただきました。
いただいた意見を考慮し、書き直したものをここに公開します。
今後実在の人物になりきることはしませんが、私がこの本から感じたこと、著者はきっとこんなことを言うのではないかとの思いを込めた書評なので、今回はチャレンジ記念としてそこは直さないままにしておきます。
また、講座に提出した原稿には不適切な表現があったので、そこは削除してあります。
読んでいただけると嬉しいです。


私はトーヴェ・ディトレウセン。故郷のデンマークでは、作家として少しは知られてると自負しているのだけれど、日本ではご存じない方もいらっしゃるでしょう。
実は、私の三編の小説を一冊にまとめたものが、『結婚/毒』というタイトルで、日本のみすず書房から出版されました。それでいてもたってもいられなくなって、雲の上から降りてきたわけです。だってすごいでしょう? 死んでから五十年近く経って、文化も言葉も違う国で自分の書いたものが読まれるようになるなんて。翻訳してくださった枇谷玲子さんに心から感謝申し上げます。
この三編の小説は、自分の経験をもとにしたものです。第一部の「子ども時代」には、五歳から十四歳までのことを書きました。うちはとっても貧しくて、定職に就かない社会主義者の父と美人で歌好きの母、それに四つ上のハンサムな兄と、小さなアパートでひしめくように暮らしていました。そして本好きの父の影響でゴーリキーの詩と出会い、詩人になりたいと思うようになったのです。「女の子が詩人になれるわけがない」と父にはきっぱり言われたけれど、ノートにこっそり詩を書き溜めるようになりました。
高校進学を諦めて働き出してから、後に最初の夫となる文芸誌編集長のヴィゴーと出会い、初めての詩集が出版されるまでを書いたのが第二部の「青春時代」。ヒトラーの影が濃くなっていった頃のことです。仕事で失敗ばかりする私をひたすら結婚させたがる母から離れ、一人の部屋に移り住み、私は詩を書き続けます。そして兄の友人の勧めで、詩を雑誌編集者に送ってみることにしたのです。返事が来るまでそわそわしたけれど、心の奥底ではうまくいくと信じてました。その後いろいろあったけど、私はついに詩集を出すことになります。自分の詩集を初めて手にした夜のことは、決して忘れないわ。
結婚生活は、想像とはだいぶ違うものでした。どう違ったかは、第三部の「結婚/毒」に隠さず書いたつもりです。デンマーク語のgiftという言葉は”結婚”と”毒”の両方の意味を持つのですが、結婚にはまさしく毒のような一面がありました。小説も書き始めた私は別の男に走り、その男とも別れ、その後三度結婚して離婚します。子供が二人いるけれど、違法で危険な堕胎手術も受けました。薬物中毒にも陥りました。でも、どんな時も詩や小説を書くことをあきらめることはなかった。それだけは手放せませんでした。
正しいかどうかはどうでもいい。家族も恋人も子供たちも愛してたけれど、妻であり母である前に私は私。自分がどうするかは自分で決めて、それでよかったと思っています。だからもし、今、周囲からの求めに応じられずに苦しむ人がいたらこの本を読んで。自分に正直に生きることは悪いことじゃない。絶対に。

20字×60行
想定媒体:婦人公論

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