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【Opera/Cinema】METライブビューイング『さまよえるオランダ人』

 とにかくゼンタのアニヤ・カンペがすごい。METデビューだそうだが、日本では新国立劇場でゼンタを歌っているのを聴いた人も多いかもしれない。ゼンタという女性、はっきりいって厨二病ここに極まれりというか、イっちゃってるというか…狂気と紙一重のキャラクター。何しろオランダ人に出会う前から「この方を救うのは私よ!」と思い込んでいるわけなので、彼女の思いは果たして「愛」といっていいのか、という疑問も残る。このオペラ、そうしたゼンタのエキセントリックな部分が突出しすぎてしまうと、辛くて観続けられなくなる(私だけでしょうか…汗)。アニヤ・カンペはそのあたりの、狂気と愛のバランスというかさじ加減が絶妙に上手い。その表情は確かにイっちゃってるんだけど、同時に何ともいえず可愛くて、思わず「ゼンタ頑張れ!」と応援したくなる。『オランダ人』を観ていてゼンタを応援したくなったのは、私、初めてでした。

 それに比べるとオランダ人のエフゲニー・ニキティンがやや一本調子に聴こえてしまったのが、惜しい。素晴らしいワーグナー歌手だし、歌の安定感はピカイチであるものの、その安定感が表情の乏しさに感じられてしまった。そもそもオランダ人という人物が一種の「諦め」モードに入っていることを思うと仕方ないのかもしれないが、この人は女性から受ける「愛」について一体どういう風に思っているんだろう、ただ受けっぱなし?なんかこう自分からの思いとかはないわけ?と突っ込みたくって仕方がなかった。

 フランソワ・ジラールの演出は、シンプルな装置でありながら映像やマッピングのセンスが素晴らしく、荒れ狂う海、幽霊船、夜に輝く星などが具体的に描かれていないにもかかわらずそうとわかる形で映し出され、観る者の想像力を刺激してくる。ラストシーンは一切二人の魂を映像化せずに音楽だけで救済を描く手法を取ったところも感心した。もちろん、それはゲルギエフ率いるMETオーケストラの見事に描写的な演奏のクオリティによるものであるのはいうまでもない。ところでゲルギエフって、オペラだとなんていうか「イケイケどんどん」的なところが今ひとつ好きになれない指揮者だったのだけれど、今回は繊細さも兼ね備えていて、「饒舌すぎない演出」とのマッチングが大変によろしかったです。

 歌手では他に、船の舵手を歌ったテノールのデイヴィッド・ポルティッヨの美声が印象的だった。この役がこんなに重要な役だということを知らしめたという意味で、好プレー賞を差し上げたいです。

2020年7月14日、109シネマズ川崎。


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