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歌の饗宴を堪能する〜【Opera】NISSAY OPERA 2021『カプレーティとモンテッキ』

 日生劇場で毎年続いているNISSAY OPERAシリーズ。今年はベッリーニの『カプレーティとモンテッキ』が選ばれた。「もうひとつのロミオとジュリエット」ともいわれるこの作品は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』でも知られる敵同士の家に生まれた恋人たちの悲恋の物語。シェイクスピアの戯曲との違いはいくつかあるが、最大の違いはロメーオがモンテッキ家の若き当主であることだろう(ちなみにオペラの台本を書いたフェリーチェ・ロマーニがもとにしたのは広くイタリアに流布していた伝承や、それをもとにしたルイージ・ダ・ポルトの『ジュリエッタ』だといわれている)。ロメーオは「家」に振り回される無力な若者ではなく、「家」のために家来を連れて率先して敵と戦う力を持った男性である。

 このロメーオはメゾ・ソプラノが歌うズボン役。今回この役を歌った山下裕賀は、現在東京藝術大学大学院博士課程に在籍するメゾ・ソプラノ。留学経験もなく、また舞台経験も浅い若手だが、注目すべき声の持ち主だ。何よりも声に品があり、またアジリタの正確さ、安定感は若さを感じさせない。また男装姿もとても凛々しく、宝塚の男役を彷彿とさせる。私は6月に『アルジェのイタリア女』を歌ったのを聴いているが、その時よりも一段と声の技術は上がっていると思う。これは本当にすごい若手が出てきたものだ。

 もちろん、他の歌手も聽きごたえは十分。若い山下を引っ張りながら可憐で純粋な乙女を演じた佐藤美枝子の凄さはいうまでもないし、ロレンツォの須藤慎吾の存在感が舞台全体を引き締めていたのはさすがである。ただ、音楽全体をみた時に、鈴木恵理奈の指揮には疑問が残る。やたらにオーケストラを鳴らしすぎていて、ベッリーニ特有の繊細さや優美さが犠牲になっている箇所が散見された。ショパンが影響を受けたというベッリーニの音楽は、あんなにのっぺりとしたものではないはずだ。

 また、個人的には演出にも満足できなかった。巨大な剣を掘り出した壁が二つに割れるセットは重厚感があったが、どうにもキャラクターが動かない。「人」が動かないので「ドラマ」の動きも見えにくい。いくら「歌」が中心にある作品だとはいっても、これでは舞台作品としての魅力に欠ける。また合唱団の中には完全に棒立ちになっているような人もあり、演出家はどのような演技指導をしたのか疑問。衣裳のセンスは良いのだが、兵士たちが身につけている衣裳がネットゲーム風なのに対して、大臣風の人の衣裳が中国風なのが気になってしまった(細かいことだが)。

 オペラは「音楽」であることはまちがいない。この日の上演は「音楽」(というか「歌」)こそが至高であるということは十分に感じられた。その「音楽」を聴かせるために演出があり、美術があり、衣裳があるはず。すべてが一体となってより高次元の「舞台」へと昇華する「総合芸術」としてのオペラの難しさも感じた公演だった。

2021年11月13日、日生劇場。

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