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【Concert】フェスタサマーミューザ2018 日本フィルハーモニー交響楽団「音の風景〜北欧・ロシア巡り」

※所用により前半のみしか聴けなかったので1曲だけのレビューです。

 反田恭平をソリストに迎えた1曲は、ラフマニノフの交響曲第2番を、ウクライナ生まれのピアニスト・作曲家であるヴァレンベルクがピアノ協奏曲用に編曲した作品「ピアノ協奏曲第5番ホ短調」。もちろん日本初演。ちなみにロシアではデニス・マツーエフのピアノとウラディーミル・スピヴァコフの指揮で2009年に初演されている。

 こうした「編曲もの」は、クラシック原理主義者からすると一段低くみられがちで、それだけに取り上げるのには勇気が必要だったことだろう。反田恭平はロシア留学中に交響曲第2番に耽溺していた時期があり、その時にロシア人の友人からこのピアノ協奏曲の存在を知らされたという。マツーエフの音源を聴いた時「いつか必ず演奏する!」と思ったそうで、いかにも反田らしいというべきか、いちどアンテナに引っかかったものにはとことん取り組む、という彼の個性を大いに感じさせるエピソードである(以前インタビューした時に聞いた、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番のピアノ・パートの音符が何個あるか数えた、という話を思い出した)。

 編曲者のヴァレンベルクは全体を大胆にカットし、原曲の第2楽章と第3楽章を合わせて第2楽章として、全3楽章のピアノ協奏曲へとつくり変えた。ピアノ・パートにはラフマニノフのオリジナルかと思えるような華麗な技巧が散りばめられ、第1楽章にはカデンツァも書き加えられている。全体は40分ほどで、緊張感もあり、ピアノとオーケストラとの競奏が存分に堪能できる音楽となっている。

 反田の演奏は、相変わらずの高い技術に支えられた素晴らしい出来映えだった。ホロヴィッツが愛用したニューヨーク・スタインウェイのピアノのことを、彼は「音色が多彩」と評していたが、その真価は存分に発揮されていたと思う。おそらく相当の「じゃじゃ馬」なはずだが、もはや反田はこの楽器を完全に手中に収めている。大胆に咆哮するところ、切ない思いをたっぷりと歌うところ、ピアニッシモからフォルティッシモへ、スタッカートとレガートのつなぎ目。反田の指から繰り出されるあらゆる信号を受け止め、敏感に反応する様は、この楽器が「ホロヴィッツの」ものから「反田恭平の」ものへと変わったのだといっても過言ではないと感じさせた。

 速い楽章が彼のピアニズムを存分に堪能するためにあったのだとすれば、あの有名なバラードを中心に据えた第2楽章では、反田のピアノが時にみせる繊細さに心を奪われた。ピアノ協奏曲というスタイルは、ピアノという楽器の「たった1台でオーケストラと対峙できるような力」を誇示するのにうってつけのものだが、そうした「大きな音楽」の中にあって、時にかすかな1音がポンと投げ出されるような場面に、演奏者とピアノとの関係性が垣間見えることがある。反田はインタビューで「たまたまピアノだった」というような意味のことを言っていたが、どうして、彼のピアノという楽器に対する信頼は揺るぎないものだ。その音の美しさの秘密を、反田恭平というピアニストは十分知り尽くしている。そうでなければ、あんなに繊細な音色を何の衒いもなく投げ出せるはずはない。やはり彼は、天性のピアニストなのだ。

 指揮の藤岡幸夫は終始反田のサポートに徹してオケを動かしていた。反田の意図や描こうとしている音楽像について理解した上で臨んだのだろう。たいへんマニアックな作品といえるこの「ラフマニノフのピアノ協奏曲第5番」だが、私は存分に楽しんで聴いた。当夜の演奏は録音していたようなので、いずれ反田のアルバムの中に収録されるのではないか。その時を楽しみに待ちたい。

2018年8月9日、ミューザ川崎シンフォニーホール。

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