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将来を嘱望される逸材の実力〜【Concert】清水勇磨バリトン・リサイタル

 これまで数々の優れた音楽家を送り出してきている五島記念文化賞。清水勇磨は第28回のオペラ新人賞を受賞したバリトンで、イタリア研修の帰国記念演奏会が東京文化会館で行われた。すでに清水は東京二期会会員として2017年に『ばらの騎士』ファーニナルで日本デビューを飾っており、最近では今年4月に「エドガール』のフランク、7月に『パルジファル』のアムフォルタスを演じて高い評価を得ている。私も、「非常に安定した声のバリトンが出てきたな」と注目していたところだった。

 リサイタルの前半はイタリア古典歌曲5曲にリストの「ペトラルカの3つのソネット」を組み合わせる。事前にWebマガジンONTOMOで行った取材では「音楽が言葉から成り立っているということをもっともよく示しているのがイタリア古典歌曲」と語っていたが、ひとつひとつの言葉を大切にする姿勢がしっかりと歌に反映されている。それはある種の「品格」となって清水の歌を支えているといえるだろう。音程の確かさ、高音の伸びと響き、どれをとっても歌の技術が素晴らしいのはいうまでもないが、この「品格」が感じられる歌い手は日本人にはそれほど多くないのではないか。リストの「ペトラルカの3つのソネット」は清水自身が「挑戦」と語っていたが、その「挑戦」は見事な成功を収めたといっていいだろう。ここでも言葉の確かさは揺るがず、さらにリストならではのロマンティシズム、たゆたうような抒情が表現され聴き手を魅了した。

 後半はレオンカヴァッロ、プッチーニ、ヴェルディ、チレア、ジョルダーノのオペラ・アリア9曲。最初の『道化師』トニオの幕開きの口上「よろしいですか、紳士淑女の皆様!」で、聴き手をオペラの世界に引き込む力を感じさせられたのは大いに収穫だった。もう少しケレン味のようなものが加わればさらに面白いトニオになるのではないだろうか。実は個人的にはこの曲の他、チレア『アドリアーナ・ルクヴルール』のミショネのアリア、ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』の「祖国の敵」などヴェリズモのナンバーにとても心を惹かれた。名メゾ・ソプラノ、ルチアーナ・ディンティーノからもヴェリズモを勧められたというから、もしかすると将来は貴重なヴェリズモを歌えるバリトンになるかもしれない。

 とはいえ、清水自身が現在も、そして将来的にもレパートリーの中心においているのはヴェルディであり、当夜に歌われた4曲はどれも素晴らしいできばえだった。何より感動したのは『椿姫』の「プロヴァンスの海と陸」だ。傑作という他ないメロディを持ったこの曲は確かに名曲なのだが、それだけになんとなくいつも「いい曲でした」で終わってしまうことが多い(時には「通俗的」という印象すら受ける)。そんな曲をこれほど丁寧に、真摯に、そしてありったけの思いを込めて、という言葉しか見つからないほどの重さで歌うのは、清水勇磨という歌い手の純粋で一途なキャラクターがなせるわざではないだろうか。

 そう、この人は本当に真面目で、ナイーヴですらある繊細さを持った人なのだ。神様からのギフトである美声と、その真面目さゆえのたゆまぬ訓練(プログラムに掲載された研修レポートを読んでほしい!)が、今の彼の「実力」をつくり上げている。おそらく将来の日本のオペラ界を背負って立つ逸材となるのは間違いないだろう。それだけに、どうか関係者の方々にはこの才能を消費させることなく、慎重に、大切に育てていただきたい。いずれさらに大きな舞台へと羽ばたくのを、聴き手としては心から楽しみに待っている。

2022年9月18日、東京文化会館小ホール。

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