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【Concert】日本フィルハーモニー交響楽団第690回東京定期演奏会『ラインの黄金』

いろんなところで喋ってるのでバレてると思うが、私はワーグナーが苦手です。でもこの仕事していると「ワーグナーのオペラは観ませーん」とか言えないし、しかもワーグナーって上演頻度が高いから、イヤでもなんでも行かないと「ライター失格」っぽい感じがするので行く。で、まあ、行けばそれなりに堪能はする。作品としては確かに「すごい」と思うし。

そんな私だが、2016年9月に聴いた、ピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団の『神々の黄昏』(抜粋・演奏会形式)はとても心に残っている。だいたい、ワーグナーのオペラは長い・緩急がない・何も起こらないの三拍子で、演奏会形式なんかで聴いた日には、まぶたがくっつきそうになることが多いのだが、この日は違った。なんといえばいいのか、とにかくインキネンが描こうとしている「世界」に素直に感動したのだ。

この時の演奏会は、インキネンが日フィルの首席指揮者に就任した披露演奏会だった。その後インタビューする機会にも恵まれたのだが、彼が日フィルというオケをとても信頼していて、自分のやりたいことに素早く反応できることを熱く語っていたのが印象的だった。その日フィルが定期演奏会という枠でつくりあげた今回の『ラインの黄金』、昨年9月に感じた「インキネンのワーグナーはいい」という素直な感慨を再確認することになった。

インキネンはワーグナーについて「歌手の重要性は大きいが、指揮者はただ歌手のやりたいことを追うだけではダメ。ドラマがどのように発展し結末を迎えるのかという進行も理解していなければならない」と述べていたが、まさに「ドラマの進行を完全に理解した指揮」だったといっていい。今回、舞台上で歌手にはそれなりに動きと演技がつけられていたが、フルのオペラのように舞台装置やきちんとした小道具があるわけではないので、聴き手はある程度その場面で何が行われているかを想像して聴くことになる。インキネンは、今そこで何が起きているのか、を見事にオーケストラによって表現していた。もちろんそれは単に「迫力があった」というに留まらない。全体的に音色のコントロールが素晴らしく、特にピアノの箇所の繊細な響きには何度も耳を奪われた。明晰な解釈、自在に操られたダイナミクス、そして細部の輝かしいまでの美しさ。「ワーグナーの音楽」の何がそれほど人々の心を奪うのか、頭では理解できてもほとんど賛同できたことはなかったが、少なくとも「インキネンのワーグナー」には心を奪われた。ぜひまた聴きたいと思う。

今回の公演では、ほかにもいくつか特筆すべき点があった。

まずは佐藤美晴の演出。舞台上にオーケストラが上がっているので歌手が演技できるスペースは限られていたが、制約がある中で歌手にのびのびと演技をさせていたのには感心した。そして、照明(望月太介)を使いこなして場面を演出していく手法は、もちろん目新しいものではないにせよ、これまで観たものの中では飛び抜けてセンスが良く、美しかった。衣裳(スタイリングは臼井梨恵)は歌手の自前だったのだろうか、わからないが、神々が白いスーツで巨人族は黒っぽいカジュアルなシャツとパンツ、など、なかなか趣向が凝らされていた。

歌手陣は、外国人も日本人も実力派揃いの中でも、ワーウィック・ファイフェのアルベリヒが抜群。しかし今夜、特に賞賛されるべきは、急遽代役を勤めたローゲの西村悟とミーメの与儀巧のふたりだろう。西村はその輝かしい美声と魅せる演技によって、与儀は堂々とした声量と声色の微妙なコントロールによって。

オペラ劇場や団体ではない、シンフォニー・オーケストラの「定期演奏会」という枠でこれだけのプロダクションを実現した日フィルにも大きな拍手を贈りたい。

2017年5月26日、東京文化会館大ホール。


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