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和と洋の幸福な融合〜全国共同制作オペラ『こうもり』

 2023年の全国共同制作オペラはびわ湖ホール、東京芸術劇場、やまぎん県民ホールによるヨハン・シュトラウスのオペレッタ『こうもり』。野村萬斎が初めてオペラの演出を手がけるということで前評判も上々だったが、初演となったびわ湖ホールでの公演はその期待を裏切らない、本当に楽しい舞台となった。

 「洋物を洋物でやるとコスプレ感が強くなるので、なんとか和にできないか」と考えたという萬斎。舞台を明治初期の文明開化の日本に移した。序曲の前に桂米團治が登場。舞台上にある畳がちょうど高座のようになる格好で、物語の紹介をする。この後も米團治は舞台上手に座って、筋書きを語ったり、時には茶々を入れたり。今回、台本も萬斎が手がけているが、嫌味のない日本語でわかりやすい。
 序曲の間に、舞台上にこうもり風の衣装をつけたファルケ(大西宇宙)が登場。釣り竿に舞踏会への招待状をつけてイーダに渡したりすることで、この壮大な茶番劇の仕掛け人であることを観客に印象づける。『こうもり』を何度も観ている人にとっては、少々説明過多と感じられたかもしれないが、初めて観るというお客様にはとても親切だったのではないか。そして、この企画が普段オペラやオペレッタの舞台に足を運んだりしない人に向けてつくられているというのは、個人的にはとても好印象。そもそも萬斎自身が「オペラ演出初心者」であり、そんな彼ならではのアイデアは評価していい。例えば、序曲の間に字幕掲示板にこうもりのアニメーションが投影される、というのもその一例。劇が始まってからもいくつかのシーンで字幕による「遊び」があったが、いずれもやりすぎず程よい按配で楽しい。

 この「程よい按配」というのが、今回の萬斎演出のポイントだったように思う。セットは非常にシンプルなものだったが、それでもきちんと「和」を感じさせることには成功。日本に舞台を移すという読み替え演出でしばしば陥りがちなのが、舞台を作り込みすぎるせいで流れている音楽との間に齟齬が生まれてしまうことだが、萬斎演出は「和」を強調しすぎなかったことで、「程よく」洋物と和とが調和できていた。例えば第2幕。舞台は鹿鳴館なのだが、合唱団はドレスやタキシードが描かれた布を体の前に当てるだけ。一瞬「これはシャビーでは?」と心配になるも、実際に動き始めると「コスプレ感」をまったく感じさせず、オルロフスキー(藤木大地)が衣冠束帯のお公家さん姿というベタベタの「和風」であることとのアンバランスさが逆に面白い(ちなみに、妙にお公家さんっぽい裏声の語りといい、この役は藤木でないとできなかっただろう)。

 ただし、気になったこともある。第3幕ではこれまで進行役を務めていた米團治がフロッシュ役で登場。萬斎は米團治がフロッシュにキャスティングされていたことから、進行役をしてもらうことを思いついたと語っているが、結果的に「進行役」の方が面白くて印象に残ってしまい、肝心のフロッシュの演技の方が今ひとつ精彩を欠いてしまった。この作品でフロッシュは歌手陣以上に期待のかかる役なので、ちょっと残念。
 最大の問題は、実は音楽にあった。オーケストラと歌がずれてしまったり、またオーケストラが大きすぎて、歌手の声が聴き取りにくい箇所があったのだ。例えば、『こうもり』のテーマ曲ともいえる第1幕のアイゼンシュタイン(福井敬)とロザリンデ(森谷真理)とアデーレ(幸田浩子)の三重唱。飛んだり跳ねたりという動きが邪魔したのかもしれないが、歌がきちんと聴こえないとこの曲の魅力は激減だ。いうまでもなくオペレッタの主役は「歌」だ。指揮の阪哲朗は特に『こうもり』を数えきれないほど振ってきているはずなのだが…。東京公演・山形公演ではオーケストラが変わるが、ぜひ改善を期待したい。

 それにしても、観ていてこれほど楽しい『こうもり』にお目にかかれたのは久しぶりだ。やっぱりオペレッタは文句なく楽しいのがいちばん!

2023年11月19日、びわ湖ホール大ホール。

  

 

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