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【Opera/Cinema】METライブビューイング『魔笛』

 1週間に2回も『魔笛』の映画版を観るなんて(実は私、『魔笛』はそれほど好きなオペラではないので)…と思っていたのだが、これがどうして、なかなか刺激的な体験となった。前回は英国ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台だったが、今回は毎度おなじみニューヨークのメトロポリタン歌劇場のライブビューイングのプレミア試写会。演出は、ミュージカル「ライオンキング」の演出で知られるジュリー・テイモア。このプロダクションは、以前に英語による短縮版がライブビューイングで上演されたが、今回は原語ドイツ語によるフルバージョンだ。

 何といっても、鏡を使った大がかりな装置(G.ツィービン)が目を引く。回舞台でぐるぐる回ることで場面が変わり、照明の当たり方によって様々な形に見えるのが面白い。この装置の中を動き回る登場人物のカラフルで個性的な衣裳(テイモアが担当)にも注目だ。タミーノはオリジナルで「日本風の衣裳」とされているが、それを踏襲して直衣風。さらに歌舞伎か京劇のような白塗りのメイクを施している。夜の女王は背中に大きな羽のようなものを背負い、それが幅いっぱいに広がってはためくことで、彼女の威厳や権力を誇示する。3人の童子が白塗りの顔に体、足まで届く白いヒゲをつけて、巨大なガチョウの骨格標本みたいなものに乗って現れたのには度肝を抜かれた。いわゆる「キモカワイイ」キャラクターで、よくある「天使の歌声」ではなく、地声も使った子どもっぽい声で歌っていたのがキャラによく合っていた。

 また、パパゲーノが登場するシーンに登場する色とりどりの鳥や、魔笛に乗って踊り出す大きなクマを黒子のダンサーが操るのだが、これが楽しく、かつとてもセンスが良い。衣裳も装置も小道具も、とにかくこの舞台は、「デザイン」が素晴らしく洗練されていて、ブロードウエイで鍛えられた演出家テイモアの実力を見せた、といえるだろう。

 歌手陣のレベルも高い。ザラストロにはルネ・パーペ、パパゲーノにマルクス・ヴェルバという、それぞれの役のスペシャリストを配置。特にヴェルバは演技力もあるし、イケメンだし(!)、観客の視線を一人で持っていってしまった感あり。そんな中、パミーナを歌ったゴルダ・シュルツはこれがMETデビューということだが、実に堂々とした歌いっぷり。声のコントロールも素晴らしく、パミーナが「オペラのお姫様の中で唯一、誰にも助けを求めず王子を自分が導いていく」という強い女性であることをきちんと表現していた。彼女は12月に『ばらの騎士』のゾフィーで新国立劇場に登場するということなので、たいへん楽しみだ。

 2公演続けて『魔笛』を観たので、比較して感じたことについても書いておきたい。3人の童子を比べてみると歴然なのだが、先ほど述べたようにMET の童子たちが一目でこの世のものではないキャラクターなのに対して、ROHの童子たちは普通の服を着た子ども(しかもどこか悪ガキっぽい)。METのザラストロは従来の威厳ある「太陽の神殿を司る徳の高い人物」だが、ROHのザラストロは金の刺繍の入った赤い服装で、見ようによっては18世紀専制君主風。つまり、徹底的に幻想的な世界を展開するMETに対して、どこかで見たことのあるような街角を舞台にしたROH、という差が感じられる。この差、どこかで…と考えているうちに思い当たったのが、ミュージカル「オペラ座の怪人」だ。ご存知のように「オペラ座の怪人」はアンドルー・ロイド・ウェッバー作曲で、1986年にロンドンのウエストエンドで初演、その後ブロードウエイでも上演され世界的なヒットとなったミュージカルである。しかしロイド・ウェッバー版が初演される10年も前に、実はイギリスでケン・ヒルによってミュージカル化されているのだ。この両者を比べると、ロイド・ウェッバー版が豪華な衣裳や舞台装置にお金をかけた王道のミュージカルであるのに対して、ケン・ヒル版はアイロニーやパロディが満載のニヒリスティックな個性が際立っている。この両版の差が、今回の『魔笛』にも当てはまるのではないか、と思ったのだ。それは舞台装置や衣裳などのヴィジュアル面だけではない。METの指揮はレヴァインだったが、序曲から非常にたっぷりとしたテンポで、隅々まで計算され尽くした壮麗な伽藍のようなスケールの大きい音楽を作り出していた。対してROHのジュリア・ジョーンズの指揮は、レヴァインよりもずっと速いテンポでキビキビと音をまとめ上げていく。それが結果としてドラマがリアリティを増すのに貢献していたと感じられた(告白すると私は『魔笛』で初めて「長い」と感じなかった)。

 もちろん、どちらがより優れている、という話ではない。独自の世界を作り上げることに成功している点で、どちらも紛れもなく第一級のプロダクションである。こうした優れた舞台を東京で同時に、しかもリーズナブルな値段で楽しめる、というのがライブビューイングの一番の長所である。ぜひ2つの『魔笛』を見くらべて楽しんでいただきたい。

2017年11月9日、東劇。



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