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ビスポーク/東中野

飲食店には、世の中の事情が直撃します。そして料理人の道を選んだ人は、働く店の一喜一憂に翻弄されることになります。
不景気、震災、といった事情で職場を失った野々下レイさんは「二度とクビになりたくない」から自分の店を構えました。
2014年4月号の『料理通信』新米オーナーズストーリーは「ビスポーク」2012年2月22日に開店した、東中野のガズトロパブです。
当時は人通りの少ない寂しいエリアで、その年のロンドンオリンピックさえ追い風にならなかったそうです。
でも、彼女の「郷愁がのっかった」イギリス料理は、少しずつ確実にお客たちの胃袋と心を掴み、10年かけて「東中野の公民館」的存在となりました。
2022年現在の野々下さんは、新米時代を振り返ってこう言います。
「うまくいかなかったのは、不景気や震災のせいじゃない。本当は、自分自身に何かが欠けていたんだと思います」
※原稿は掲載当時のものであり、2022年3月現在とは異なる場合があります。


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2012.2.22 OPEN
「おいしいごときでは、足りません。」


 独立なんて考えもしなかった料理人が、自分の店を持った。
 理由はひとつだ。
「二度とクビになりたくないからです」

 遡ること24歳の時、野々下レイさんは音楽のためにイギリスへ留学。そのホームステイ先で家庭料理に目覚めた。
「パイにロースト、ヨークシャープディング。イギリスの家庭の味は面白い」

 帰国後、音楽から飲食の道へ。
 しかし時代はバブル崩壊。勤め先がことごとく、自分の手の届かない事情で閉店する。経営不振、オーナーの離婚、大使館勤めの時は戦争、そして震災。
 延べ20年近い料理人生活でも、退職金さえない仕事。

 クビと言うより、翻弄だ。
 もう振り回されたくない。だが料理に自信はもっていも、経営していける確信はなかった。
「料理人はよく“おいしければお客は来る”と言うけど、この時代、おいしいごときでは足りません」

 そんな時、馴染みのお客が4人、100万円ずつ出資するから店を持たないかと申し出てくれた。
 背中を押された。と同時に「500万円あれば店ができる」と気がついた。ならば自力でできる。

 2011年6月、出資は遠慮して、野々下さんは無借金での独立を決めた。
 まず始めたのは、場所のリサーチだ。
 顧客が通える街を、平日・土・日・祝日の朝昼晩と歩き回る。新宿から2駅の東中野は働く30〜40代女性のひとり暮らしが多く、いつもひとりで入れる店を探していた。

「残業して帰ったら “お疲れさま”と言って欲しい。彼女たちはコンビニメシじゃなくて、ワインと、ちょっとした温かい料理が欲しいんです」
 イギリスで流行っていた、料理のおいしいパブ“ガストロパブ”が思い浮かぶ。

 5カ月後、元カラオケスナックの物件が見つかった。
 まさにイメージ通り。すぐに自分でデザインをおこし、施工は「イギリスをわかってくれる人」に依頼。
 偶然見つけた青山の靴リペア専門店に一目惚れした野々下さんは、その店を手がけた大工をネットで探し当てていた。

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 2012年2月、ガストロパブ「ビスポーク」が開店した。
 当初は料理もワインコインのタパスが中心。ちょっと食べて飲んで2000円台なら、週1回ひとりで来られる。
 3500円では、月1回友だちと、になってしまうのだそうだ。

「こんな店をやりたい、こういうお客で、料理はこうでと夢を抱きがちですが、でも料理人の一方通行な思いは失敗のもと。私はあくまでもお客目線で考えます」

 BESPOQUEとは、QをKに替えると「仕立て屋」の意。お客にとっての「ちょうどいい」を仕立てていく店である。
 残業した夜にケーキが食べたい、飲めないけど行きつけの一軒が欲しい、ひとりでも肉の煮込みが食べたい、ビーガンフードもあると嬉しい。
 受け入れる枠を広げる=集客のチャンスを広げることで、客単価は低くても常に満席にする。

「どうすれば成功するかはわからないけど、これまでの経験で、やってはいけないことだけはわかります」
 たとえばフライヤーや、外の三角看板を置かないこと。期限が切れたり看板の文字が雨で流れたり、だらしない状況になるなら最初からしない方がいい。
「ランチもなし。昼でも今週1回行った気分になって、夜に来てくれないから」

 1年経って、味を認めたお客は安さより個性を求めるようになった。
 結果、料理人の自由度が上がる。イギリスの家庭料理を求めて、足を運ぶ人も増えた。
「通うには、通いたい理由が必要です。ここでなければできない体験や、飽きさせない仕掛け。常に話題を作り続けて、お客さんを揺さぶることも」

 昨年は夏休みを1カ月取り、前後に常連は慌てて駆け込んだ。その特需で売上はまかなえ、自分も休めるうえ、休み中に蓄えたアイデアを店へと還元できる。
 みんながハッピーな揺さぶりだ。

「料理が我が子のように可愛い」
 ふと野々下さんは呟いた。すべてはこの子たちを食べて、喜んでもらうため。
 人へ届くには何が必要か。
 冬の時代を越えた料理人は、だから考えに考え抜く。

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●2022年2月22日に10周年を迎えた「ビスポーク」の軌跡は、発売中のdancyu2022年4月号の連載「東京で十年。」でお読みいただけます。

ビスポーク
東京都中野区東中野1-55-5 
☎03-5386-0172 


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