見出し画像

属人的な仕事はなくした方がいい

自分の患者さんは自分が責任を持って診なくてはならない?

先日、自分と同世代のドクターと話していたら、その人の口からこんな言葉が飛び出しました。

「自分が手術した患者さんの術後は自分でちゃんと診ないとね。それができないなら手術なんてするべきじゃないよ!」

これは、以前はもう不文律みたいなものでした。私たちの世代は、自分が処置や手術をした患者さんは翌日自分が診察するのは当然のことだと習ったし、実際にそうしていました。だから、休みの前日に手術したら、翌日が週末であろうが祝日であろうが、朝早くから出かける予定があろうが、必ず患者さんを診察しに病院に行っていました。

それはそれで、良い面もあったと思います。自分が手術した人が翌日どんな状態なのかを自分で確認することは、すごく勉強になったし、振り返りになるし、多分患者さんも手術してくれた医師が休日でも診に来てくれれば嬉しく思ってくれたことでしょう。

ただ、この一見素晴らしい常識が、多くの医師の可能性を潰してきたという事実にも私たちは気づかないといけません。


属人的な仕事の弊害

「自分が手術した患者さんの術後は絶対に自分で診なくてはならない」というルールができてしまうと、その裏返しとして、さらに以下のようなルールが発生してしまいます。

翌日診察に来られない人は手術をしてはならない。

このルールを守ろうとすると、医師は休みが取れなくなります。例えば翌日が休日の場合、日当直がいたとしても、執刀医は勤務時間外なのに出勤してボランティアで患者さんを診察することになります。数人診察してカルテを記載していると、ナースから「患者さんが腰が痛いと行っているので、お薬を出してください」など、他のことも頼まれます。もちろんそれにも答えて指示を出したりしているうちに、あっという間に2〜3時間が過ぎるのです。すると、往復の時間も入れると休日は半分無くなってしまいます。出かけることもできず、何より休息できません。

これは小さな子供のいる医師には過酷です。休日でも誰かに子供を預けて診察に行かなくてはなりません。すると、休日に子供の預け先がない医師は、「私は翌日診に来られないので、手術は諦めます」と言い出します。他にも、翌日出勤できない人は全て手術を諦めなくてはならないことになります。

こういうことは実際にこれまであちこちで起きていたのです。以前に、指導医が零歳児のいる女性医師に対して言っていたことがあります。「自分の患者が夜中に具合が悪くなったときに来ない奴には、俺は手術は教えない。」

これを聞いたときには、もうその昭和っぷりに呆れてため息しか出ませんでした。


自分の担当患者さんの診察は全部自分で責任を持ってしなくてはならない。

これを言い始めると、どんなに外来が混んでいても、自分の担当患者さんの診察や処置が全部終わるまでは外来は終わりません。たとえ、隣の診察室のドクターが、さっさと仕事を終えていたとしても、診察が終わらない医師は何時間でも休憩もなく仕事をし続けなくてはならないし、その医師に担当された患者さんは何時間も待たなくてはなりません。誰もが疲れてくる一日の終盤、勤務時間をオーバーする仕事は途中で疲れていない人に変わってもらった方が、手際よく早く終わるかもしれません。

また、こういう医師は一見すると「人気の先生」「仕事熱心な先生」「責任感のある先生」のようにも見えることもありますが、どうなんでしょう? 本当にそうなのかもしれませんが、もしかしたら単に「手際の悪い先生」または「仕事の采配が下手な先生」なのかもしれません。

そしてもう一つ大切なポイントは、医師も人間なので、ずっと同じ人を診察し続けていると「思い込み」が生じ得るものなのです。時々違う人のフレッシュな目でチェックを入れた方が、普段気づいていなかったことに気づき、それが有効な治療のきっかけになるということも往往にしてありえます。なので、全部を一人で抱え込むのは患者さんのためにも却ってよくない、ということもあるのです。


属人的な仕事は医師不足問題の根源

仕事が属人的であることは、長時間労働の原因になります。そして、長時間拘束されるのが無理な人(というか、本来長時間拘束されてもいい人なんていないのですが)は学ぶ機会が得られなくなり、その結果、できる人が減って現場は人手不足に陥ります。それが、残った人の過労の原因になり、誤診や失言の元になり、パワハラやモラハラの誘因になり、そしてそれがさらなる医師不足を呼ぶという悪循環をもたらします。

属人的な仕事は徹底して排除しなくてはならない。そのためには、「自分の患者は自分が全て責任を持って診るべきだ」という考えは捨てなくてはならない、むしろその考えは傲慢ではないのか、と私は思います。

2024年から働き方改革が施行されますが、働く中身を変えずに単に時間だけ短くするのは普通に考えて無理でしょう。いかにして属人的な仕事を辞めるか、という思考の転換も重要な要素の一つではないかと思います。

しかし、それでは無責任な医師を育ててしまう、という意見もあるかもしれません。でも、本当でしょうか? 私の知る限り、仕事が属人的であっても無責任は人は無責任です。まともな医師なら、たとえ自分が翌日診察に来られなくても、気になる患者さんがいるときには必ず「昨日のあの人はどうでしたか?」と診察してくれた同僚に後で聞いたりして確認するものです。ここは別にシステムを変えても同じことではないかと思います。むしろ、無責任な医師を育てないようにするためには、全く別の教育方法が求められるのではないかと思います。


念の為に付け加えますが、これは休日とか夜間のことを言っているのであって、自分の勤務時間内に自分の担当の患者さんに対して最大限の診療をするのは当然という前提での話です。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?